決定的な出来事
結婚は当然の成り行きのはず |
女の方から別れを切り出してくれることが楽でこれまでもいつもそうしてきたが、逸美は別れるどころか結婚へと進もうとしている。さすがにいい加減別れないと逃げ切れなくなると思い、あせってきた。逸美の鈍感さに呆れたが、逸美の体に未練もあった。ずるずると関係を続けていたのだが、ある晩、決定的な出来事があった。
ベッドに入ってから、逸美がさりげなく言った言葉に謙一はショックを受けた。
「ねえ、出来ちゃった婚でもいいと思うんだけど」
「えっ?」
「だって、もう32歳を過ぎているから、これから作っても早過ぎないでしょ。子どものためにも早いほうがいいと思わない?」
「!?」
それまで逸美と結婚するとは一度も言ったことがなかったのに、いきなり子どもの話を振られて謙一は動揺した。当然、行為に進むことはできなかった。
「どうしたの?」
「いや、仕事で最近、疲れているんだと思う」
「あら、そんなに仕事が大変なのね」
「……」
逸美の鈍感さに呆れながら、謙一は黙ってベッドを下りて服を着た。
「もっと栄養つけないとダメよ。何ならウィークディにもご飯を食べに来たら。もっと私がちゃんと面倒を見てあげるから」
と、まるで子どもに言うように言い放つ逸美に、
(面倒を見て“あげる”だと? 何かをして“あげる”なんて言い方は失礼だろう? まったく癇に障る言葉遣いをするなあ)
謙一はムッとしていたが、話しても無駄だとあきらめているので、そのまま帰ろうとした。
追いかけるようにして逸美がやって来た。
「じゃあ、来週は絶対にね。待ってるわ」
「……」
「元気出してね。それから、もしよかったら今度、私の両親と会ってくれるかしら」
「いや、それはちょっと」
「そう? もう少し二人で話を詰めてからのほうがいいかしら。いいわ。待ってあげる」
「じゃ…」
笑顔で手を振る逸美を見ないようにして謙一は外に出た。
(なんで、いつの間に結婚だの、家族に会えだのという話になるんだ? オレからは一度も結婚するなんて言っていないのに。それにしてもあまりにもデリカシーがなさ過ぎる。もう本当に別れよう)
と決意していた。このまま連絡を取らなければいいはずだ。そうすればいくら鈍感でも、こちらにその気がないことに気づくだろう。
だが、逸美は見事に鈍感だった。謙一が行為を止めた理由が自分の言葉にあるとは思ってもいなかったし、本当に疲れでダメだったのだと信じていた。そして、それを責めなかった自分を理解がある女だと思っていた。
(来週はもっと栄養のあるお料理にしよう。栄養ドリンクでも買っておいたほうがいいかしら)
とまったく見当はずれのことを考えていた。
→・別れたい……p.3