セカンドバージン
話をそらす… |
二人でベッドにぐったりと横たわっていた。謙一は自分が好きではないので腕枕をしないでいたが、逸美から寄り添ってきた。逸美の香水と、洗濯したばかりのシーツとカバーの洗剤や柔軟剤らしい香りに気がついて、謙一は急に気が重くなった。
こんな女くさいベッドで寝ていられないと思った。女の香水も、甘い香りというのも好きではなかった。だが、逸美は満足気に謙一に声をかけた。
「ねえ」
「うん?」
何も話したくなかったが、鼻で答えた。
「私ねえ、本当に久しぶりなの。セカンドバージンなのよ。気分的には、初めてって感じ。だから、あなたが最初の男なの」
本当は「最後の男」と言いたかったが、そこまでは言い過ぎだと思い、言葉を飲み込んでいた。
「そりゃあ、光栄だね」
謙一は心にもないことを口にした。
「そう? 嬉しい」
そう言うと、逸美はいっそう身を寄せた。
「男の人ってたくましいのね。こうやっているとすごく安心する」
「……」
「そうだ。来週の土曜日だけど」
「うん」
「またご飯を用意するから来てね」
「う、ん」
「あら、何か予定があった?」
「うーん、いや特に。あ、シャワー使っていい? それとも君が先?」
謙一はベッドから起きあがり、話をそらした。
シャワーを浴びて出ると、やはり洗濯してある真新しいバスタオルが用意されていた。確かに、逸美の女らしさはたいしたものだった。こういう女性を妻にしたら、家のことはすっかり任せて、自分は仕事に集中できるかもしれない。料理もうまい。色々と合わない点もあるが、妥協すべきなのかもしれない。
肉体関係を持ったことで、謙一としてもある種の前向きな気持ちが少し芽生えていた。だが、まだ結婚すると約束もしていないし、そこまでの気持ちはない。とりあえずしばらく付き合ってみて、様子を見ようと思った。逸美は服を着て髪と化粧を直して、やけに嬉しそうな顔をして戻ってきた。
「それじゃ来週の土曜日待っているから」
「うん、それじゃ」
(まあ、女なんて誰であろうとそんなに差はないだろう。このまま行けるかどうか、しばらく付き合ってみるか)それでも、謙一はもう一人の自分が(この関係はやめておけ)と言っている声を聞いていた。何か合わないものを感じる。不安が心の底に沈んでいた。
逸美は満足していた。手料理を味わってもらい、二人でベッドもともにした。翌週も来てくれるという。このままつき合いが続けば、きっと結婚を申し込んでくれるはずだと思った。結婚は当然の結果になるはずだ。すべての条件が合っているのだから。ようやく独身、負け犬から脱出できることになる。これからの設計図は完璧なはずだった。
思惑の違う二人が踏み出した関係は、噛み合っていない歯車のようにきしみ始める…。
→愛と故意のラビリンス~第4回
その他の読み物は「防犯ケーススタディ」からご覧下さい。
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