逃 走
男の後ろ姿と黒っぽいズボンだけが女性の目に残った。男に続いて大急ぎでトイレを出て店内に戻ると、足早に去る男の姿が見えた。黒っぽいズボンをはいている。「ちょっと、待ちなさいよ。あんた、今、トイレでヘンなことしたでしょ!!」
男の背中に向かって、大声で言い放った。周囲にいた客や店員が驚いて立ち止まったり、女性のほうを見たり、男のほうを見たりした。
男は足を止めずに、自分の顔の前で手を振りながら「いや、私は何も・・・知らない」とブツブツ言いながら、早足で出口に向かっていた。
何ごとかと、集まってきた数名の店員たちに向かって女性店員は大きな声で叫んだ。
「あの人、あの男の人が、今トイレで、カメラで写していたの! 盗撮よ!! あの男をつかまえて!!」
男性店員が2~3人走って男の後を追った。店の外に出た男は走って駐車場に向かった。もう完全に日は落ちて外は真っ暗である。車を残して徒歩で逃げることは無理だ。さいわい駐車場の出口に近いあたりに車を止めていた。あわてて車のドアを開けて乗り込んだ。
暑い日だったので、エンジンはすぐにかかった。ギアを入れてサイドブレーキをはずすと一気にスタートした。もう男性店員がすぐそこまで迫っている。しかし、あと数メートルというところで、ダッシュした車は彼らを引き離した。ウィンカーも出さずにタイヤの音をきしませて駐車場出口から通りへ左に曲がって出ると、アクセルを全開にした。
しかし、追いかけてきた店員の内何人かが、男の車のナンバープレートの番号を見て、記憶していたのを男は気づかずにいた。
駐車場を出てから自宅へは右折するべきだったが、出やすいように男は左方向に出ていたのだ。追尾する車がないことを確認しつつ、とりあえず車を走らせていた。ハンドルを叩いて、「くそうっ!」と、声に出していた。
(なんてことだ! 見つかるなんて! もしかしたら、車のナンバーを見られたかもしれない! 暗かったから多分、大丈夫だとは思うが、万が一、車のナンバーから突きとめられたら! 私の人生は終わりだ! ダメだ! 盗撮で捕まるなんて!! 私の一生がパァだ。破滅だ!)
→証拠隠滅