メンタルヘルス

「社会の不寛容さ」が大きな壁に……LGBTQ+カミングアウトの課題

【精神科医が解説】性的マイノリティの方が自分らしい毎日を送るためには、周囲にそれをカミングアウトする必要があります。周りの目がその時期をかなり遅らせてしまう可能性があることをトランスジェンダーの方の実際のエピソードを通じて述べます。

中嶋 泰憲

執筆者:中嶋 泰憲

医師 / メンタルヘルスガイド

カミングアウトの悩み

自分を隠して生きていくストレス……。「カミングアウトできないこと」が、心の病につながることも


性的マイノリティであるLGBTQ+の方が、不要なストレスを一人で抱えこむことなく、自分らしく生きていく上で、周りへの「カミングアウト」は重要な役割を果たすといえます。一方で、カミングアウトするまでに、とても長い時間を要する当事者が多いことも事実です。何がカミングアウトをためらわせるのか、その要因について考える必要があります。LGBTQ+のT(トランスジェンダー)である当事者・Aさんへのインタビューを交えながら、精神医学的な見地から解説します。
 

「自覚は幼少期、カミングアウトは30代半ば」 LGBTQ+当事者の心理は?

トランスジェンダーのAさんは50代の看護師で、現在は関東地方の病院に勤務しています。生まれた時の生物学的性は男性ですが、現在は心の中の本来の性である女性として生活しています。自身がトランスジェンダーであることを、職場でもはっきりとカミングアウトして過ごされている当事者の一人です。

そんなAさんですが、周囲へのカミングアウトは決して簡単なことではなかったそうです。Aさん自身が、自分の性的傾向を初めて自覚したのは、まだ幼い5~6歳の頃。人形遊びなど「男の子だけど、女の子が好む遊びの方が好き」という自覚から、自分の内面の本当の性は「女性」であることに早くから気づき、成長する中でその確信を深めていったそうです。しかし、早くから自覚があったにもかかわらず、Aさんが自身の性的傾向をカミングアウトをしたのは、35~36歳の頃でした。これはAさんに限ったことではありません。同じように長い時間、自身の性的傾向をオープンにできずに、個人的な悩みとして抱え込み、つらい時間を過ごすLGBTQ+の方は、決して少なくないようです。

カミングアウトを考える当事者の「壁」にもなる「社会の不寛容さ」

なぜ自分自身の性的傾向を自覚してからも、カミングアウトまでにここまで長い時間を要してしまうのでしょうか。 個々人が置かれた環境の差などもありますが、多くのパターンで共通する要因として、「社会の不寛容さ」が挙げられます。

性的マイノリティに対する周囲の目、社会の空気は、当事者がカミングアウトに踏み切る際に、「越え難い壁」と感じられるようです。

筆者は、当事者であるAさんへのインタビューで聞いた「自分は日陰者として、ひっそり社会を生きていくつもりでした」という言葉が、頭から離れません。普段通りの会話をしているような自然な様子での発言でしたが、それに似つかわしくないほど深刻な内容の言葉だったため、不意打ちを受けたような気持ちになりました。こうした言葉が出てしまうことは、LGBTQ+当事者が抱える悲劇だと感じます。

一方で、「社会の不寛容さ」の程度は、ここ数十年の間でかなり改善してきている面もあります。現在はインターネットなどを通じて当事者が多く発信できる環境もあり、一昔前よりも、はるかに容易に正しい情報を得ることができます。Aさん自身も、幼少期と比較して、LGBTQ+の当事者として時代がはっきり変わったことを感じているそうです。
 

社会がより不寛容だった時代の弊害 

Aさんが子どもだった頃は、1970~80年代です。当時の子供なら『機動戦士ガンダム』、「ピンク・レディー」といった時代で、性的マイノリティは今以上に理解されず、非常に不寛容な社会だったといえます。Aさん自身も近所の人に指差されて性的差別用語をかけられたことを、大人になった今も覚えているそうです。

社会の不寛容さは、他人に限ったことではありません。もっとも身近な味方であるはずのAさんのご両親にも、同様の性的マイノリティに対する不寛容さがありました。ある時、Aさんが家の中で女装していることを知ったご両親は、その行為を理解できず、「(そんな行動は病気だから)精神科に連れていくぞ!」と脅されたと言います。これは後述しますが、精神医学的にも大きな誤りです。

こういった不寛容さを感じる中で、Aさんのカミングアウトには長い時間がかかってしまったといえます。周りにはっきりとカミングアウトできたときには、それまでのつらい心が軽くなったとも話してくれました。裏を返せば、カミングアウトまでの30数年間は、周りに自分自身のことを隠して生きなくてはならず、精神的なつらさを抱えていたということです。
 

精神医学的にも「病気」ではないLGBTQ+。一方で、不寛容さが心の病を生むことも

今回強調してお伝えしたいポイントは、Aさんのご両親も、Aさんの抱えていた問題を完全に誤解していたという点です。精神医学的には、トランスジェンダーという性的傾向自体は、人類における性的多様性を表わすものに過ぎません。LGBTQ+は精神医学的な問題ではなく、精神科での治療対象にはならないのです。

一方で、周りに本当の自分を隠し通して生きていくことは、誰にとっても大変なストレスになります。日常生活の中で大きなストレスを抱え続けると、精神医学的に対処すべき症状が出てしまうこともあります。周りからの心ない対応から、自分の生物学的性への嫌悪感が強まり、日常生活に深刻な困難が生じてしまうケースもあります。この場合は、「性別不快症」と精神科で診断され、治療が必要になることがあります。もともとは治療の対象ではないものなのに、周囲の誤った不寛容さが、治療すべき新たな病気を生んでしまうことがあるのです。

性的マイノリティ当事者が、不要なストレスを受けない人生を送るために、本人が望めばいつでもカミングアウトできる環境はとても大切なものです。社会の不寛容さが、どれほどそれを妨げてしまうのか、「多様性」を考えるこの時代の重要なトピックとして、どうか皆さんにも頭に入れておいていただければと思います。
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