西ノルウェーフィヨルド群 - ガイランゲルフィヨルドとネーロイフィヨルド

ほぼ垂直に切り立ったガイランゲルフィヨルド。かつてはここを氷河が流れていた

ほぼ垂直に切り立ったガイランゲルフィヨルド。かつてはここを氷河が流れていた

ノルウェー、2005年、自然遺産(vii)(viii)
フィヨルドとは、氷河期に氷河が山を複雑に削り取り、後に温暖化して海面が上がったり土地が沈降したりして湾となった土地をいう。この地には厚さ1,000mにもなる氷河がいくつもあったようで、おかげで両岸が垂直近くまで切り立った湾が数多く見られ、水深も非常に深いものとなっている。現在そのような巨大な氷河は見られないが、その昔氷河を作り上げた雪や雨は、断崖絶壁を落ちる美しい滝となって人々を魅了している。

 

リラ修道院

リラ修道院

リラ修道院内部。右に見えるのが聖母教会で、左に連なるのが僧院

ブルガリア、1983年、文化遺産(vi)
ブルガリア正教会の総本山リラ修道院は、イスラム教徒(オスマン帝国)による500年の支配の間、人々の信仰心を支え続けたブルガリア人の心のよりどころ。荘厳さとポップさを併せ持つ不思議な修道院で、僧房を兼ねた堅牢な城壁で周囲を囲い、その中にビザンツ式やムーア式といったヨーロッパ各地の建築様式を合わせた教会を築き、ストライプで彩色して独特の世界観を作り上げた。1,200点に及ぶフレスコ画や黄金のイコノスタシスが彩る教会内部がまた圧巻。

紹介記事はこちら>>リラ修道院/ブルガリア

 

アウシュヴィッツ - ビルケナウ、ナチスドイツの強制絶滅収容所 [1940 - 1945]

第二収容所ビルケナウにある死の門。ユダヤ人を乗せた列車はこの門を通って中に入り、多くは二度とここから出ることはなかったという

ビルケナウの死の門。ユダヤ人を乗せた列車はこの門を通って中に入り、多くは二度とここから出ることはなかったという

ポーランド、1979年、文化遺産(vi)
原爆ドームと並ぶ代表的な負の遺産。ナチスはユダヤ人の社会活動を禁止し、数十の強制収容所を建てて送り込んだ。そのうち、ポーランドで開所した第一収容所アウシュヴィッツと第二収容所ビルケナウが、忘れてはならない記憶の遺産として世界遺産に登録された。ここで150万人が殺されたともいわれており、当時の収容棟や処刑場、ガス室はもちろん、殺害された人々の写真や髪の毛などを見ることができる。

紹介記事はこちら>>アウシュヴィッツ - ビルケナウ/ポーランド

 

ヴィエリチカ岩塩坑/ポーランド

聖キンガ礼拝堂のホール

地下101mに広がる聖キンガ礼拝堂のホール。壁や天井、祭壇や彫刻・レリーフはもちろん、シャンデリアも岩塩で造られている ©牧哲雄

ポーランド、1978年、2008年拡大、文化遺産(iv)
塩を採掘するために掘られた深さ約300m、総延長300kmに及ぶ坑道跡・ヴィエリチカ岩塩坑。ここには坑道があるだけでなく、坑夫たちが築いた巨大な地下礼拝堂や地底湖があり、神々やドワーフの像があちらこちらに刻まれている。1978年に登録された世界初の世界遺産のひとつであり、アリの巣のように張り巡らされた迷宮は地下博物館として公開されている。

紹介記事はこちら>>ヴィエリチカ岩塩坑/ポーランド

サンクト・ペテルブルグ歴史地区と関連建造物群

ロシア式のタマネギ型ドームが特徴的なスパース・ナ・クラヴィー教会。内部はカラフルなフレスコ画で覆われている

ロシア式のタマネギ型ドームが特徴的なスパース・ナ・クラヴィー教会。内部はカラフルなフレスコ画で覆われている

ロシア、1990年、文化遺産(i)(ii)(iv)(vi)
18世紀初頭にロシア皇帝ピョートル1世が建てた人工都市。ただの湿地を、ロシアの威信と最先端の科学技術によってヨーロッパ有数の美都に仕立て上げ、1917年まで帝都として繁栄した。「北のベネツィア」と呼ばれる水の都で、美しい河川や運河が張り巡らされ、夏の離宮として使用されていたペテルゴフ宮殿だけで100以上といわれる噴水が街を彩った。エカテリーナ宮殿、エルミタージュ美術館、聖イサーク大聖堂など見所は数多い。
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