ミュージカルが学べる高校を発見し、
人生が大きく変化
『美女と野獣』上映イベントでの昆さん。(C)2017 Disney
「幼稚園のお遊戯会のビデオを見返してみると、誰よりも頑張って歌って踊っていて(笑)、生まれながらに好きだったんだなあと思います。家族もミュージカル好きで、小さい頃は劇団四季さんのミュージカルを家族で観に行ってごはんを食べてから帰る、というのが一つのコースになっていました。小学校5年から中学3年までは、地元のミュージカル劇団に入っていましたが、そこは入りたい人が誰でも入れて、年に1回発表会をして……というような劇団で、私の中ではまだ趣味感覚でした。
それが中学3年で進路を考え始めた時に、洗足学園音楽大学の附属高校にミュージカルコースがあるのを知って、にわかに挑戦したくなったんです。それまで通っていた塾をやめて、親に“音楽高校に行きたい”と相談したら、驚きながらも“いいよ”といきなりの進路変更を認めてくれて。音高に入るためのレッスンにも行きなさいと言ってくれて、家族に全面的にバックアップしてもらえたので、これだけ応援してくれるし、専門的な学校に行くなら私は絶対ミュージカル俳優になるべきだと、その瞬間、“趣味”が“夢”に変わりました。親の応援に応えたいという気持ちもありましたし、進路を変えるほど私はミュージカルが好きなんだと確信を持てたことが、転機になったと思います。もしこの決断が無ければ、私は“ミュージカル鑑賞が好きなOLさん”になっていたかもしれないし、子供が好きなので“ミュージカル好きな保育士さん”になっていたかもしれませんね」
――入学した音高では、ミュージカルの授業がたくさんあったのですか?
「もちろん(高校の)一般的な科目もありつつ、木曜金曜の3,4限はミュージカルコースはミュージカル、ピアノコースはピアノの授業というふうにコース別になったりもしましたが、基本的には放課後にミュージカルのレッスンがありました。コマで換算すると8限ぐらいまでですね。大変そうに聞こえるかもしれませんが、音楽科には部活がないので、部活と考えればそれぐらいまで皆さんやってらっしゃるのではないかな。確かに大変ではありましたが、みんなが例えば物理の勉強をしているときに自分は歌ったり踊ったりできて、それで単位が取れたりもして、すごく楽しかったです。しんどい、やめたいと思ったことは全然なかったですね。ミュージカル俳優になりたいという確固たる夢があったので、レッスンを積みながらも、高2ぐらいからはどうしたらプロのミュージカル俳優になれるかということばかり考えていました」
――そして洗足学園大学に進学。推薦だったのですか?
「推薦で行くことは可能だったのですが、実は私は東宝アカデミーに入ろうと思い、大学への推薦は辞退してしまいました。そして願書を出そうとしていた時、先生方からいろいろなお話をうかがってストップがかかったんですね。当時の私はきっと俳優になりたい一心ですごく視野が狭くなっていて、いろいろな現場を見ていて人生の先輩でもある先生方がそれを見て、養成所には大学に行ってからでも行けるでしょう、もっと世の中を広く見てみなさいと言ってくださったんです。そうかと思って改めて一般試験を受け、大学に進学しました。大学では実技だけでなく、演劇論のような座学もありましたね。ただ、私の中では卒業後に不安定な状況にならないよう、1年生の間は学生生活を楽しむけど、2年生は就職活動というか、事務所に所属しようという心づもりがありました。事務所に入ってもすぐお仕事をいただけるわけではないだろうけど、2年間はまだ学生でいられるから……と考えたんです」
――その計画性、ちょっとウェンズデーと重なりますね(笑)。
「そうですね(笑)。そして2年生になると早速、ミュージカルで活躍されている方々がいる事務所を調べて、現在の事務所を受け、合格しました」
――オーディション情報というのは、大学の掲示板にたくさん貼られていたりはしないのですか?
「海外の大学ではそういうイメージがあるかもしれませんが、実際のところ、そういったことはなかったですね。先生方が、ご自身が次に出る作品でこういう募集をしているよと教えて下さることはありましたが……。『レ・ミゼラブル』などは一般公募がありますが、それ以外の作品では、事務所に入っていないと情報も入ってこないのかもしれません」
――この記事の読者の中には、ミュージカル俳優を夢見ている若い方もいらっしゃると思います。何かアドバイスをいただけますか?
「“好き”という気持ちを大事にしてほしいと思います。レッスンを受けたりオーディションを受ける日々の中で、どこかでつらくなったり、やめたくなることもあるかもしれないけれど、これが好きだと思えた瞬間を思い出してほしいですね。落ち込むことがあったら、ミュージカルを観に行って、やっぱり自分のやりたいことはこれだと再確認する。そうすることでまた気持ちが上がってくるのではないかと思います」
――昆さんのプロ初仕事は『ロミオ&ジュリエット』。大学2年の時ですね。
『ロミオ&ジュリエット』撮影:宮川舞子(C)R&J公演事務局
せっかくこんな機会を与えて頂いたのに自分の体調管理不足で満足にできなかったことが悔しくて、家族で反省会を設けて“よし、次頑張ろう”と思った次の日に、学校でレッスンの順番を待っていたら、マネジャーさんから電話がかかってきたんです。“受かったよ!”という興奮気味の声を聴いて、私も“ええええぇ!”と(笑)。先生も家族も大学の同期もみんな喜んでくれて、心から“頑張らなくちゃ”と思いました。ただの学生がお仕事をいただけたということの喜びと責任感も初めて感じましたね。
でもお稽古が始まると、そうそうたるメンバーの中に(wキャストの)フランク莉奈と私が新人としてぽんと入って、どこに座っていいかもわからず、稽古場の一番端に二人で座っていました。一応ジュリエットの机はあったのですが、先輩方の前にある席にはとうてい座れなくて、パイプ椅子に座って楽譜と台本は膝に乗せて、荷物は下に置いてこじんまりしてましたね。それくらい無知というか、右も左もわからなかったけれど、ロミオ役のお二人や先輩方に一つずつ手取り足取り教えて頂いて、それで今の自分があります。ロミジュリは自分の青春ですね。ずっと忘れられない作品です」
――幸せな船出で、その後も『レ・ミゼラブル』のエポニーヌはじめ大役にも恵まれていらっしゃいますが、個人的には透明な存在感がキャラクターそのものだった『星の王子様』(2015)が印象的でした。
『星の王子様』
初めての挫折で、それまで知らなかった
自分の一面に気づき、改めて心に誓ったこと
『ミス・サイゴン』写真提供:東宝演劇部
「はい、初めての挫折でした。改めて、サッカー選手が足を怪我したらプレーできないのと同じで、ミュージカル俳優は声が使えないと仕事が出来ない、何よりも大事なのが声帯だと痛感しました」
――疲労が原因だったのでしょうか?
「もちろん疲れもあったかもしれませんが、『ミス・サイゴン』の前に出演した2作品で、悲鳴を上げる場面があって、リアリティを追及して喉でうわっと声を出していたんです。自分は喉が強いと過信していたのが良くなかったんですね。手術をして、しばらくお休みすることになりました。体の他の部分は元気だし、稽古をずっとやってきてお芝居も全部体に入っているのに、喉のせいで舞台に出られないのは歯がゆかったし、生まれて初めて、ミュージカルの人たちと関わりたくなくなってしまいました。
病気になったのは自分で、自分が悪いのに、出演されている皆さんが輝いて見えて、眩しすぎて。うらやましいと思ってしまう自分もまた嫌で、すっかりマイナスな気持ちにとらわれました。初めて自分の汚いというか、人間らしい部分を知りましたね。今、思い出してもつらい半年間だったけれど、改めて自分を見直す機会になりました。舞台が出来る有難みもそれまで以上に感じましたし、この時期を無駄にするか、それを経て成長するかは今後の自分次第。将来、あのことがあって良かったなと思えるようになりたいです」
――その試練の次にチャレンジされたのが、『美女と野獣』美女役の吹き替え。画面に映っているのはエマ・ワトソン演じるベルで、その声を担当するというお仕事はいかがでしたか?
『美女と野獣』 10/4 MovieNEX発売、デジタル配信中 発売:ウォルト・ディズニー・ジャパン(C)2017 Disney
――映画版と舞台版では、ベルとビーストが恋に落ちる背景が微妙に異なりますね。舞台版ではビーストは文字が読めない。それをベルはお姉さん的な優しさでフォローし、二人の心が通い合いますが、映画版のビーストは高等教育を受け、教養のある男性でしたね。
「映画版では二人の間に本好きであるとか、共通の趣味があることで距離が縮まってゆきました。“シェイクスピアは僕も好きだ”“そうなの”というやりとりのなかで好きになってゆく、それもまた自然な流れだなと思いました。収録は楽しかったですね。(吉原)光夫さんがガストン役を演じていて、“難しかった”とおっしゃっていましたが、私ももちろん難しくもあったけれど、それより楽しいという気持ちのほうが強かったです。こう言っているとお仕事が“楽しい”とばかり言っていますが、お仕事の一つ一つが楽しく感じられるのは、やっぱり好きだからなんだなぁ、と今、お話しながら改めて思います」
――いつか、とんでもなく難しい役に出会って壁を感じたりすることもあるでしょうか?
「今、私は26歳で、以前は自分が最年少だったけれど、最近は現場で年下の子が多くなって来ているんです。『レ・ミゼラブル』でもエポニーヌ役を一緒にやっていた唯月ふうかちゃんは20歳だし、コゼットの二人も20歳。徐々に自分はお姉さんの枠に入って来て、それまで20代前半の役が多かったけど、大人の女性を演じなくちゃいけなくなってきたと思っています。自分は小柄なので、そういった部分はまず自分がぶちあたる壁なのかなと思います。普通の女性が当たり前に表現できる“お姉さん”らしさが、自分は内面から出していかないといけない。しっかりと表現をつけていかないと、と思っています」
――憧れの存在は?
「子供の頃に憧れていた方はたくさんいらっしゃいますが、一緒に舞台に立たせていただくと、みなさん人間的に素晴らしい方ばかりです。第一線で活躍されている方は周りを見回して、後輩の面倒も見てくださりながら、同時に自分のこともしっかり出来る。それが共通点だなと思いますし、和気あいあいと楽しいカンパニーで個々に頑張れる、そういう環境づくりをしてくださっているのを見て、後輩ができた今、私もそうしていく世代になってきたのかなと感じています」
――どんな表現者をめざしていらっしゃいますか?
「以前はミュージカルしか知らなかったから、数年前の自分だったら“ミュージカルだけやっていきたいです”と言うかもしれません。でもデビューしてからの6年間で、アニメの主題歌でCDを出させていただいたり、『美女と野獣』で声優をさせていただいたり、その関連でTVにも出させていただいたりと活動の場が広がっていく中で、さまざまなお仕事に挑戦してみたいと思うようになりました。声優としても、今回できなかった表現を次回はできるようになりたいと思いますし、好奇心を持って、活動の場を増やしていけたらと思っています」
――目の前にたくさんの扉が現れてきた、という状況でしょうか。
「そうですね。これまではミュージカルの扉しか見えなかったけれど、他にもこんな扉も、あんな扉もあったんだ、開けてみよう……と、新たな扉がどんどん見えて来たところです」
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そう目を輝かせながら語る昆さん。聞いている側までわくわくしてくるその語りからは、順風満帆なばかりではなく、挫折も経験してきたからこその、揺るぎないミュージカル愛がうかがえます。様々なジャンルで経験を積み、それが舞台での豊かな表現へとどのように還元されてゆくのか……。まずは『アダムス・ファミリー』での、風変りなかわいらしさに磨きのかかった(?!)ヒロインっぷりに、大いに期待できそうです。
*公演情報*『アダムス・ファミリー』10月28日~11月12日=KAAT神奈川芸術劇場<ホール>、11月18~19日=豊中市立文化芸術センター・大ホール、11月24~15日=オーバード・ホール
*製作発表&楽曲発表イベント*10月1日13時~13時45分=MARK ISみなとみらい1階グランドガレリアにて。詳細は公式HPにて。
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*次頁で『アダムス・ファミリー』観劇レポートを掲載しました*