歌舞伎の「大向う」とは?
「大向う」とは
大向うは後方の大衆席が語源
大向うは応援コール?
歌舞伎では原則として名前で声を掛けることはせず、役者の家系ごとに持っている屋号を使います。中村勘三郎家なら「中村屋」、市川團十郎家なら「成田屋」というぐあいです。また、同じ「中村姓」でも吉右衛門は「播磨屋(はりまや)」、芝翫は「成駒屋」、時蔵や獅童は「萬屋」と家系によって屋号が違うのも面白いところです。では、どんな時に声が掛かるのでしょうか。大向うには明確なルールブックがあるわけではありませんが、その本質は驚くほどアイドルやアーティストへの応援コールに似ている部分があります。いくつか挙げてみましょう。
- 役者を応援するための掛け声なので、芝居の邪魔になる独りよがりな掛け声はNG。
- 役者の見せ場の前に声を掛けて客席の注目を集める効果がある。
- 役者が素晴らしい芝居をした時に賞賛の意味で声を掛ける(拍手では芝居の間に合わないことが多い)。
- 役者のためでなく、声を掛ける本人が客席のウケ狙いで屋号以外の面白おかしい掛け声をするのはNG。
アイドルやアイーティストへの応援コールと同じ?
ここにご注意!
さて、掛け声は屋号以外にも「待ってました!」「~代目!」などの種類もありますが、うっかり間違えると、応援どころか失礼になってしまうこともあるのです。ここでは「待ってました」の失敗例をご紹介します。「勧進帳(かんじんちょう)」という人気演目があるのですが、この幕切れに弁慶の飛び六方という見せ場があります。ここで「待ってました!」と掛けるのは、実は大NGなんです。というのも、この芝居では主人公弁慶の見せ場の連続です。なのに最後の最後で「待ってました」は、そこまでの演技に対してNOと言ってるようなもので、役者自身「終わるのを待ってたの」という気持ちになってしまうといいます。せっかくの声援がそれではもったいないですね。くれぐれも気をつけたいところです。
最後に、私が故・十八代目中村勘三郎丈(※)から言われた言葉をご紹介します。応援の本質をズバリと突いた一言で、今も肝に銘じて大切にしている言葉です。そして歌舞伎だけでなく、どなたにも役立つ一言だと思います。
『あなたたち大向うが自分で掛けて気持ちのいい“間”と、役者にとって気持ちのいい“間”が同じとは限らないよ』
(※)歌舞伎では役者への敬称は“丈”を使います。これは贔屓の役者に対する「あなただけ(丈)」を洒落ているわけです。それが時を経て、役者全般への敬称として使われるようになりました。
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