歌舞伎の「菊畑」を解説! 源義経をめぐる物語

歌舞伎の楽しみ方……「菊畑」源義経

歌舞伎の楽しみ方……「菊畑」源義経

江戸の庶民が愛してやまなかった悲運のひと、源義経。歌舞伎では、この義経をめぐる物語が多く書かれています。
この「鬼一法眼三略巻」も、そうした芝居のひとつで、少年時代の義経(牛若丸)と、彼を守って旗揚げし、再び源氏の世の中を取り戻そうとする者たちの物語です。
しかし現在の歌舞伎では「通し(初めから終わりまで)」ではなく「見取り(名場面だけ)」という上演が圧倒的に多く、この「菊畑」も長い物語の「一場面」でしかありません。これは多くの作品が繰り返し上演されるうちに「名場面だけをたくさん見た方がいいよね」ということで定着してきた上演形態です。

この「菊畑」も同様で、前後がカットされています。そのなります。
 

歌舞伎、菊畑の幕が開くまで

頼朝、義経の父・源義朝が平清盛に討たれてから十数年。この間、牛若丸は鞍馬山で少年時代を過ごします。彼はここで鞍馬山の天狗によってその武術の腕を鍛えられ成長します。
一方、源氏の家来であった吉岡鬼一とその父は源氏の将来を危ぶみます。そこで、幼い二人の弟(鬼次郎、鬼三太)を熊野の奥山家に置き、清盛の家来となります。鬼一の父は「将来、大将の器といえるものが源氏に現れたら虎の巻を渡すように」と遺言します。
鬼一は現在は清盛の家来として暮らしていますが、心の奥底では源氏の味方をしたいとの思いがあります。実は鞍馬で牛若丸を鍛えた天狗の正体は、この鬼一。なんとか源氏の世を再び取り戻したいと、彼も願っているのです。

さて十六歳に成長した義経は鬼三太とともに源氏の復興を企図して都へやってきます。彼らの目的は吉岡鬼一が所蔵する「虎の巻」です。元は家来筋とは言いながら、いまは清盛の家来の鬼一。味方になってくれるかは分かりません。
そこで二人は身分の低い者と偽って、虎蔵(牛若丸)、智恵内(鬼三太)として吉岡家の奉公人として潜入します。なお、鬼一は虎蔵と智恵内の正体にはうすうす感づいています。

奉公するうち、鬼一の娘・皆鶴姫は牛若丸に思いを寄せるようになります。そんなある日、牛若丸は皆鶴姫の外出に「草履取」として同行することになります。
この外出は清盛からの呼び出しであり、その用件は「明日にも虎の巻を差し出せ」という命令を伝えるためのものでした。皆鶴姫は更に清盛の長男・重盛のところへ出向くことになりますが、先の命令について「このことを直接父に伝えよ」と指図し、虎蔵を先に返します。
※ここまでが幕が開く前のあらすじです。
きくばたけのじんぶつそうかんず

菊畑の人物相関図

 

菊畑

幕が開くと、そこは吉岡鬼一法眼の館の庭。菊が今を盛りに咲き誇り、ここで奴・智恵内が悠然と座っています。一通りの掃除を終えて一休みしているのです。

余談ですが、ここで智恵内は毛抜きを使って髭を抜いています。江戸時代、男性は意外に美顔に気を使っていて、二枚目の良い男は毛抜きを使ってちゃんと髭を脱毛していたそうです(ちょっと笑っちゃいますよね)。
きくばたけ~ちえない

菊畑~知恵内

ここへ、鬼一が菊の花を愛でようと、屋敷から庭に出てきます(庭といっても当時の武家の庭ですから広大な敷地があります)。すると菊畑の周辺はチリひとつ落ちていないのに、落葉樹のあたりは落ち葉がそのまま。鬼一は智恵内を呼び、掃除のしかたについて注意します。しかし智恵内はそれぞれの場所に最も鑑賞に相応しい状態を演出したのだと、堂々と主張し、その内容に鬼一も感心します。

ここで鬼一は自分の過去を語り聞かせます。次第に鬼一と智恵内とハラの探りあいになります。鬼一は智恵内が弟なのかどうか、智恵内は兄が味方なのか敵なのかを見極めたいのです。

ちょうどそこへ虎蔵が一人で帰ってきます。皆鶴姫の命令を受けて伝言を持ち帰ったのですが、このことを鬼一は強く叱責し、智恵内に虎蔵を打ちすえよ、と命じます。鬼一は表向きには、皆鶴姫の供を全うすべきであると理由を述べつつ、暗に「清盛を討つ志があるなら、姫について行き、六波羅の様子をしっかりと探索してくるべきであった」ことを示唆します。
表向きの理由だけでも虎蔵の非は明らかです。智恵内は鬼一の言うとおりに虎蔵を打つべきですが、どうしても主人に手が出せません。この態度を見て、鬼一は智恵内が弟だと、ほぼ確信するに至ります。

そこへ皆鶴姫が急いで帰ってきます。虎蔵を必死に擁護しますが、鬼一は二人に暇を出します(解雇)。また清盛からの下命を帯びて、鬼一の弟子・笠原湛海が来るので、その話を聞くために虎蔵、智恵内をその場に残して一同は奥へ入ります。
きくばたけ~きいち

菊畑~鬼一

二人きりになると牛若丸は、自分を討たなかった智恵内を叱りますが「主人を打つことだけはできない」と伏して詫びる智恵内を許します。そして暇を出されてしまったいま、虎の巻を奪って館を立ち去るための策を練ります。

そこへ皆鶴姫が、虎蔵をどうにか屋敷にとどめたいために「私が代わりにお詫びしてあげる」と戻ってきます。そして智恵内に虎蔵との仲を取り持つように色々と話しかけ、ついには自ら虎蔵を直接口説きます。身分の低いさを言いたてる虎蔵に皆鶴姫は「本当は智恵内は鬼三太、あなたは牛若丸さまでしょう?」と尋ねます。

正体を知られたうえは、と鬼三太は皆鶴姫を切ろうとしますが、彼女の覚悟を知り、ともに宝蔵の虎の巻奪取を手助けせよということになり、いよいよ三人は鬼一のいる奥庭へと向かうのでした。
※ここで菊畑は終演。続きは上演されません。
 

菊畑以降(奥庭の場)

現在はまったく上演されない場面ですが、お話ししておきます。

この後、奥庭では三人に対して、鬼一が本当の心を語ります。かつて牛若丸を天狗に化けて指導したこと。大義面分を守るために虎の巻は皆鶴姫に相続させ、それを彼女が夫となる男に与えるのは構わない旨。それらを語り、鬼一は自害して果てます。牛若丸と鬼三太は鬼一の誠意とこれまでの恩義の深さを思い、涙を流すのでした。

この場の上演もぜひ今後に期待したいところですね。

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