麻婆豆腐を一番愛しているのは日本人?

陳麻婆豆腐

陳麻婆豆腐

四川料理と聞いて、真っ先に思い浮かべるのが、麻婆豆腐ではないでしょうか?
多くの方が四川料理店にいったら、必ず注文する定番中の定番料理。そして、ごはんと相性抜群のおかず。今やレトルトの素を使い、豆腐さえあれば、家庭でも簡単に本格的な麻婆豆腐が作れます。

そんな日本人が愛してやまない、不動の地位を築いた麻婆豆腐ですが、四川へ行くと少し様子が変わります。日本のような四川料理=麻婆豆腐というイメージではなく、数多くある家庭料理の中の一つが麻婆豆腐。麻婆豆腐を注文したからと言って、テンションがそれほどあがるわけでもなく、「ごはんがすすむね(下飯)」という感覚で、ごくごく普通の料理として扱われます。

もしかして、四川で食べる麻婆豆腐はおいしくないのか?
答えはいいえです。陳麻婆豆腐の本店で食べる麻婆豆腐はものすごくおいしい!です。あまりにもおいしすぎて、一体、ごはんを何杯おかわりすればいいのかというぐらい、ごはんを食べてしまいます。

何人もの日本人を陳麻婆豆腐へ案内しましたが、皆、汗をかきながらも辛さにうなり、花椒に痺れ、満面の笑みを返してくれました。

今回は麻婆豆腐のルーツ、四川の麻婆豆腐事情などを交えながら、この愛すべき料理について、詳しくご紹介します。

清朝末期に成都名物になった麻婆豆腐

陳麻婆豆腐の由来

陳麻婆豆腐の由来

1862年、当時の成都の北、万福橋に陳麻婆豆腐の前身となる食堂「陳興盛飯舗」は創業されました。店主の陳春富氏は早くに亡くなったため、その奥さんが残された店を切り盛りすることに。

この奥さん、顔にニキビ跡(あばた)が多く、人々は彼女のことを「陳あばたおばさん」と呼んでいました。中国語に置き換えると「あばた」は「麻(マー)」、「おばさん(または奥さん)」は「婆(ポー)」。ここから 「陳麻婆(チンマーポー)」という愛称で呼ばれるようになったのです。

遠い昔、万福橋は行商人が行き交い、荷運びの男たちは足を休める、そんな場所でした。ここを通る人たちがよく豆腐を買う光景を日常的に目にしていた陳麻婆さんは 豆腐を使い、新しい料理を作ろうと試みます。

そして、できあがった豆腐料理は、色、見た目、香り、そして味、そのすべてにおいて完璧なまでに調和していて、その素晴らしさは、たちまち人々の知るところとなります。

清朝末期、成都の名物料理となり、現在では中華料理の代名詞として、世界各地の中華レストランで食べられています。

ガイドも今から10年以上前に旅行で成都を訪れた際に、成都北駅にある陳麻婆豆腐支店で、初めて陳麻婆豆腐を食べました。

当時の旅行者の間では、本場の陳麻婆豆腐には豆腐が見えないくらい花椒粉がかけてあり、信じられないくらい痺れて辛いから注意すること!という噂がありました。

しかし、そんなことをすっかり忘れて、「別那幺辣」(そんなに辛くしないでください)ということも言わず、陳麻婆豆腐を食べた結果、あまりにも容赦ないしびれと辛さに、口から火をふき、涙を流したのはいい思い出です。