息継ぎなしで45分間サックスを吹き続ける? 超大物テナーサックス奏者 ソニー・ロリンズ
TOKYO 1963
ジャズ界で人気、実力ともに1,2を争う超大物テナーサックス奏者のソニー・ロリンズが初来日をしたのが1963年9月のことです。東京の丸ノ内ホテルでのこの時の演奏では、テナーサックスの宮沢昭やピアニストの前田憲男など、ジャムセッションという形で一緒のステージに立った日本人ミュージシャンもいました。
そんな気安さから、ステージに立てないミュージシャンも大挙して楽屋に集まり、大騒ぎだったそうです。
ステージを終えたソニーは、若い日本人ミュージシャンが待ち受ける楽屋に戻ってきて、椅子に腰かけ「フーッ!」とひとつ大きなため息をついたそうです。
周りに人がいすぎて落着けないためのため息だったのでしょうか。もちろんそれもあったのでしょうが、実はもう一つ大きな理由があったのです。
それは、実はソニーは、ステージを終えて歩いて楽屋に向かい、椅子に座るまでの間、サックスで一つの音のロングトーンをずっと吹き続けていたからなのです。なんと、その間ソニーは延々と曲の最後の音を吹き続けていたのでした。
これには、集まった日本のミュージシャンはびっくりしてしまいました。もともと、レコードジャケットでしかソニーを見たことのない日本のミュージシャンです。
まさにこのCD「東京1963」のジャケットでの勇姿、モヒカン刈りで現れたソニーのルックスに最初にビックリ!そして、演奏の密度の濃さに驚き、最後に、超絶のロングトーンで息をのんでしまったのです。がやがやと集まっていた若いミュージシャンは、水を打ったように静かになってしまったそうです。
その時のライブ録音がこの「東京1963」です。
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この曲「オン・ア・スローボート・トゥ・チャイナ」は初リーダー作の「ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・カルテット」でも演奏している得意曲。
この初リーダー作の演奏は、発売当時から現在に至るまで、ソニーの代表的な名演として、あらゆるテナーサックスを志す者にとっての教科書のような演奏です。
Sonny Rollins With Mjq
おそらくは、この時日本側からの要請で演奏したと思われるこの曲では、最初のテーマからテナーサックスの宮沢昭が、デビュー当時のソニーを彷彿とさせるスタイルで皆を喜ばせてくれます。
バンドの後ろで時々オブリガードを入れながら、日本人の演奏を聴いていたソニーは、トランペットソロの後から続いて出て、当時のスタイルでソロを披露します。
この来日当時のソニーは、もはやデビューの頃のうねるような、流れるようなビ・バップ風の奏法ではありません。後期に通じるタンギング(音を切ること)の多い短めのフレージングです。しかも時代を取り入れたややフリーがかった演奏になっていました。
そのソニーが、ステージのエンディングで超絶のロングトーンを披露したというわけです。
このロングトーン、さぞかし人並み外れた肺活量が必要なのでは?とお思いでしょうが、そうではなく、「サーキュラー・ブリージング」というサックスのテクニックが生み出したものです。
いろいろあるサックスの技法の中でも、最も難しいものの一つがこの「サーキュラー・ブリージング」です。これは、口でサックスを吹きながら、鼻から息を吸い、音を切らずに鳴らし続けるという高等テクニック。もちろん、相当な練習を必要とするのは言うまでもありません。
このテクニックを使って、表現の幅を広げているサックス奏者は、このソニーのほかには、ローランド・カークや、最近ではケニーGなどがいます。ケニーGは、なんと45分間もロング―トーンを続けたとしてギネスブックに載ったほどに有名です。
この「サーキュラー・ブリージング」は、サックス奏者には夢のテクニックであると同時に、両刃の剣ともいえるテクニックです。それは、サックス奏者としてのフレージングが根底から変わってしまう可能性があるからです。
従来サックスはヴォーカルと同じようにブレス(息継ぎ)をする楽器であるという前提ですので、息が続くまでのフレージングでメロディを歌うものでした。
キーボードやオルガン、ギターなどを思い浮かべてみるとわかりやすいかもしれません。これらの楽器は、やろうと思えば延々と音が途切れずに弾き続けることができます。つまり、息継ぎに左右されない長いフレージングが可能ですし、実際そういったフレージングを多く用いています。
ところが、サックスは歌と同じ。そこに登場するのがこの夢のテクニック「サーキュラー・ブリージング」というわけです。では本当にこの「サーキュラー・ブリージング」は夢のテクニックなのでしょうか?
実際での使われ方は、ソニーやケニーGように、効果音的に1つの音をロングトーンとして使うといったことがほとんどです。音を切らずに出し続けるだけでも神経を使いますので、あまり頻繁に使おうとしない(できない?)ものだからです。それに、音楽的にもワンノートのロングトーンは使える場面はほとんどありません。
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それでも例外として、先に挙げたローランド・カークというサックス奏者を上げなければなりません。ローランドは、次の曲において、延々35小節に渡って、アドリブソロを繰り広げてしまうから困ったものです。
時間にするとちょうど1分間のノンブレスソロですが、サックスを知る者にとっては、呆然としてしまう、スリル満点のソロになっています。
天才ローランド・カークの復活
このアルバムの1曲目「ユーリピオンのテーマ」で、雰囲気たっぷりのテーマから続くローランドのテナーソロがそれです。ソロが始まる3:14から4:14までの1分間。ドラマチックな展開で、このノンブレスソロは、怪人と言われたローランドにして初めて表現できる内容です。
この演奏は、「サーキュラー・ブリージング」を見事に効果的に用いていると言ってよいでしょう。それでも、なんとなくすわり心地のわるい感じがするのは、私だけでしょうか。
ローランドはこのアルバムで、「アイル・ビー・シーイング・ユー」をオールドなスタイルで堂々と聴かせてくれます。「サーキュラー・ブリージング」などに頼らなくても、素晴らしい演奏家であることを証明してくれています。
いずれにしても、この夢のテクニック「サーキュラー・ブリージング」は、ソニーやローランドほどの音楽的深みがあるミュージシャンにして、初めて使いこなすことのできる、禁断の必殺技なのかもしれませんね。
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