「わかること」にフォーカスする方が面白い
勧進帳には難しいセリフがいくつも出てきます。出てくるのですが、そのほとんどは物語の大きな影響を与えません。ここがポイントです。というのは、難しいセリフの殆どは「勧進帳の読み上げ」「富樫との山伏問答」に集中しているからです。たとえば勧進帳は、第一回で書きましたが東大寺再建の費用の寄付を募る趣意書です。かなり難解な文章で書かれていますが、この意味が分からなくてもストーリーの流れには何の影響もないのです。ここで大事なのは弁慶が動じることなく、堂々とそれを読んでいるように見せるということです。セリフの中身よりも弁慶の声の調子、身体の使い方などにフォーカスすれば十分にドラマとして楽しむことが出来ます。
山伏問答も同じことです。富樫が山伏の由来をたずね、弁慶がそれに次々と答えていく。そのことが大事なのであって、弁慶がなにを答えているかは(ハッキリ言いますが)分からなくていいんです。
分かるに越したことはありませんが、そこが分からないという思いが出てくると芝居が楽しめなくなってしまいます。そんなことならいっそ初めから「分からなくていい」と割り切って、弁慶の受け答えていく様子。富樫との緊迫した雰囲気。そういう芝居を楽しむための大切な要素にフォーカスするのが正解です。
この「勧進帳の読み上げ」「富樫との山伏問答」をクリアしてしまえば、あとはほとんど問題はありません。ですから分からないセリフなどが多少あっても、そこは気にしない。「わかること」を数えた方がよほどいい。それが初めての勧進帳を楽しむ秘訣だとも言えます。
好きな役者さん、気になる役者さんの時に見てみる
最後の秘訣はシンプルです。特に初歌舞伎の場合は好きな役者さんか、なんだか気になって一度は見てみたいと思っていた役者さんが出ている時に見ることです。というのは、やはり自分が好きだったに気になっている役者さんには好感を抱きやすいからです。生で見て「わぁ、やっぱりカッコいいなぁ!」と思うだけでもいい。そうして好意的に舞台を見られることで、より物語が素直に楽しめますし、なにより前向きに見ることができます。
全然見ず知らずの3人が主演の時より、一人でも名前を知っている役者さんが出ている方が圧倒的に楽しめるというのは、なんとなく想像できますよね。
ですから「勧進帳」を見に行くだけでなく、「○○さんが出ている勧進帳」という選び方も、私はオススメしています。
さて、以上四回にわたり「勧進帳」について徹底的に解説してきました。実はまだ4回分くらい書けるくらいに見どころの多い演目ですが、ここから先は皆さんがご自分で探って頂きたいと思います。そうして「自分ならではの見方」が出来ていくのが、歌舞伎の奥深い魅力でもあるからです。