歌舞伎/歌舞伎の基礎知識

楽しみ方のレシピ「勧進帳」(4)~芝居のポイント~(2ページ目)

楽しみ方のレシピ。必ずわかる「勧進帳」の最終回は、実際の舞台をどう楽しむか、というお話です。ストーリーの概要に加えて、安心して舞台に集中して頂けるよう、鑑賞時のコツをお伝えします。特にはじめて「勧進帳」をご覧になるかたは事前にお読み頂くと、より楽しく舞台を見られるはずです。

堀越 一寿

執筆者:堀越 一寿

歌舞伎ガイド


ここに注目 ~3つのオススメ鑑賞ポイント~

(1)富樫の爽やかさに注目
歌舞伎における富樫は、人情と知性を兼ね備えた「情理の人」として描かれています。演じる役者も「かっこよくて、セリフが爽やか」という人の多い役です。歌舞伎では衣装にも人物の性格が表現されることが多いのですが、この富樫も爽やかな水色の着物を着ています。最初に舞台に登場し、第一声を発するのも富樫です。この初めの名乗りのセリフが気持ちいいと、勧進帳全体が引きしまって見えてくるものです。

また、弁慶との丁々発止のやり取りの中に見える知性、人情。それをどう表現してくれるか、というのも気になります。特に義経を弁慶が「打ち殺し見せもうさん!」と叫ぶのにかぶせて言う「早まりたもうな!」からのセリフは要注目です。

最後、幕切れでも弁慶を見送る姿に表れる情感。それでいて弁慶の芝居を邪魔することなくスッと形をきめて幕が引かれるまでの間の行儀の良さも、余裕があれば見ておくといいでしょう。

もちろん見どころは多いのですが、こうした富樫としての人間性のうえに、役者の個性が重なって見えてくるところに歌舞伎の面白さがあると思いますし、そうしながらご贔屓の役者を見つけていくのは楽しいものです。
かんじんちょうのよみあげ

勧進帳の読み上げ



(2)義経の気高さに注目
義経もまた、歌舞伎の中では理想的な人物として描かれることの多い人です。勧進帳でもそれは例外ではありません。美しい容姿、家来を思うやさしさ、その上で他を寄せ付けぬ気高さ。そうしたものを併せ持つのが義経の理想像でしょう。身分の高さを象徴する紫の衣装には高貴さ、優美さと、追われる身の儚さが表れています。

歌舞伎では二枚目役者が主に演じますが、女形から出るときもあります。なお、能では子方(こかた)という子役が演じるのが習わしです。おそらく子供は神の象徴であり、守られるべき高貴な存在として定義されていたのかもしれません。いずれにせよ、ここでの義経は「軍神」のような気配は感じさせないのが基本です。

花道から一行の先頭に立って登場しますが、弁慶にすべてを委ねる際にどのような印象を残すか注目です。ここは役者によって、より弁慶に頼る雰囲気の演じ方と、あくまでリーダーは義経であると感じさせる演じ方があるようです。

その後は関所を通り抜けた後の場面が義経一番の見所です。悔いて詫びる弁慶に差し伸べる手の、その指先まで情が通って見えるかどうか。義経の優れたリーダーとしての姿を感じられる場面です。

最後の花道を引っ込む場面では笠をかぶっているのですが、ここでも役者によって演じ方が異なり、ちがった印象をうけます。どのような動きで、どんな心情を表現しようとしているのか、注目してみると面白いでしょう。


(3)弁慶の大きさに注目
弁慶は大きなひとです。ただひたすらに義経を守り抜くことだけを考え、その目標を真っ直ぐに見据えている。それが弁慶を揺るがぬ巌(いわお)のごとく感じさせる部分でしょう。勧進帳における弁慶は最も理想的な男の一人で、男性ならば誰もが「かくありたい」と思わせる誠実さ、一貫性、度量、智恵をあわせ持っています。

弁慶には見どころが多く、すべてを時系列に書いているとキリがありません。そんな中で注目して頂きたいのは「弁慶の身体の使い方」です。なぜかというと、様々な身体表現を通して見ていくと、意外なほどに「人としての大きさ」が分かるからです。

身体の使い方、仕草の一つ一つがどう見えるか。神経質そうではないか。やることが細かすぎないか。どっしりと揺るがぬ決意と覚悟は意外なほど、姿勢に表れてきます。そうした細部に時々気をつけていると弁慶の人間像が明確に見えてくるでしょう。

またセリフが弁慶の大きな見どころになります。富樫との緊迫したやり取りの中、音吐朗々、堂々と響く声。それが弁慶の大きさになり、武勇を表現していく部分でもあります。また前半のそうした場面があるからこそ、後半に涙を流す弁慶の心情が強く見る者の胸に響いてくるのでしょう。

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