毎日、無意識に行っている「座る、腰掛ける」という動作
ベンチや椅子の理想的な高さとは?
座るという行為は、日常、あまり意識しなくても行っている動作ですよね。朝起きてベッドを椅子がわりにして腰掛け眠気をさまし洋式の便座に座ります。そして朝食をダイングテーブルにある椅子に座って食べ、自動車や自転車、バイクのシートやサドルに座って(あるいは跨って)駅まで行き、電車のシートに座ります。
オフィスでは、デスクワークならばオフィスチェアに座りPC作業をして、ランチに職場近くの飲食店の椅子に座ったり、打ち合わせで外の喫茶店の椅子に座り商談したすることもあるでしょう。また、他の会社を訪ねて、受付の椅子に座って担当者がやってくるまで待ち、会議室に案内されて、そこでもミーティング用の椅子に座ります。
公園では営業マンと思われる人がベンチに腰掛けて資料に目を通しながら休憩していたり、繁盛しているラーメン屋さんの前にはスツールが置いてあって座って順番を待っている、そして若い人が道路脇の低い縁石に腰掛けてスマホをチェックしたり、おしゃべりしているし、なかにはガードレールにもたれていたり、つわものはガードレールの上に座っていたりします。
上はコンビ二の前にあったビールケースに座ってスマホを操作する人。ビールケースは居酒屋などでもスツールに転用されていたりしますね。高さは30センチでちょうどいい感じ。下は公園の植え込みの立ち上がり部分に腰掛ける人たち。このように、ある程度の高さがあれば、なんでも「腰掛け」になります。
でも「このバス座り心地わるいな」とか「おいしい寿司屋なんだけどカウンターの椅子が座りづらい」といった経験はあるのではないでしょうか。
一方、「立ち食い蕎麦屋」や「立ち飲み屋」といった「座らない」飲食店もあったり、どうしても見たい映画やコンサート、スポーツ観戦では「立ち見」でもかまわない、むしろ立っていた方が居心地よかったりする場合もあるので不思議。こうしたことを考えていると「座る」「立つ」の関係がよくわからなくなりますよね。
ベンチや椅子に「座る」って普通に使うけど……
そこで、「座る」の語源を辞典で調べてみました。「座る」は、落ち着いて動かないこと。「据わる」と同語源で「居ても立ってもいられない」というように、かつては「立つ」の対義語は「居る」だったのです。「居る」が「存在する」という意味から「据う(すう)」になり、さらに「すわる」となました。そして「すわる」が「立つ」の対義語として使われるようになったそう。(参考:「語源由来辞典」)また、同じ「語源由来辞典」によると、漢字の「坐」は「人+人+土」で、地面に尻をつけること。一方「座」は「广」(漢字の部首で「まだれ」で「家」を意味する)に「坐」を屋根をかけるように足したもので、本来は「家の中で人が座る場所」という意味。
こうやって調べると、日本には最初、腰掛けるという概念があまりなかったことがわかりますね。
「坐」では地面にお尻をつけていたし、「座」では家が出てきますが「場所」としています。「腰掛や椅子」に座る文化は日本には、あまりなかったことが想像できます。日本人のDNAなのか、たまに和風の旅館に行って畳に座るとホッとしたりしますよね。 さらに国語辞典で今の「すわる」の意味を調べてみました。「すわる【座る・坐る・据わる】膝(ひざ)を折り曲げたり、腰をかけたりして席につく。 「畳に-・る」 「いすに-・る」(出典:大辞林 第三版より抜粋)」。
やっと「椅子に座る」が出てきました。
座ることについて考えているうちに前置きが長くなりました……。続いては、本題の「椅子の座面の高さ=シートハイ(SH)」について考えてみます。
ベンチや椅子の快適な高さとは?
自分にあった椅子の高さってどれくらいのサイズなのでしょうか? そこで椅子の特集をした雑誌や、インテリアコーディネーターの関連の試験対策などの本を数冊、買ってきて調べてみました。そして「座面高さ」「シートハイ」「SH」などの項目を探してみると、いろいろな説があることがわかりました。難しい計算式のものもありましたが、ここでは下の3つのタイプを拾ってみました。
1:「身長の4分の1が座面の高さ」
2:「ひざの高さから1センチひいたものが座面の理想的高さです」
3:「座面高は、身長×0.23で求めます」
うーん……。いろんな計算方法があるんですね。
1は、ざっくりとして分かりやすいですね。これは以下、便宜上「ざっくりタイプ」と呼びます。
2は「ひざの高さ」があいまいですが、これは「下腿高(かたいこう)」という人間工学用語らしいですが、私は読めませんでした。「腿」は「股(もも)」のことで、「太もも」などと呼ばれる「もも」の部分です。
3は、1が身長4分の1(×0.25)といっている表現に対して、少し細かい数字に
なっています。 上の絵は、椅子の高さとテーブルの関係です。
A・シートハイ(SH)、座面高さと呼ばれる部分
B・テーブル(デスク)の高さ
C・一般に「天板」と呼ばれる部分
D・椅子の背も含めた全体の高さ。単に「H」と表記されることもある
E・基準となる床。フロアレベルといい「F.L」と表現されることもある
※1:差尺(さじゃく)と呼ばれる寸法で座面からテーブル(デスク)までの高さ。決まった椅子のSHに、29~30センチを足した寸法でテーブル(デスク)の高さを決めることもあります。
※2:下腿高(かたいこう)と呼ばれる部分。人間のモモからカカトまでの長さをいいます。
※3:「正常視線」という、ものものしい名称ですが作業するときなどに身体を傾ける角度で、この小原二郎先生の研究では15°とされています。これは現在PC作業のディスプレイ調整などで応用できそうです(アメリカでは20°としている文献もありました)。
このなかでも特にAの座面については、さまざまな解釈があります。座面につける傾斜は水平にしてクッション材を入れてもいいという解釈(つまり、0°)から、JIS規格の学校用椅子では、座面傾斜の角度は0~4°、背の傾きは95°と規定されています。
小原二郎先生は椅子のプロトタイプを1~6型に分類して、座と背の角度がゆるくなり、座面が広くなるほど「安楽度が高い」としています。1型では背の傾斜角度が93°ですが、6型では、127°とされています。6型は、いわゆるイージーチェアの雛形といえそうです。
日本人向け輸入椅子の脚は短くカットされていた?
身長は性別や国、年齢などによってまちまち。そこで日本人の平均身長を調べてみると、30~34歳で男性は171.87センチ、同じ年代の女性は158.75センチとなっています(2013年に文部科学省が実施した学校保健統計調査・運動能力調査より)。1のざっくりタイプ「身長の4分の1」で算出すると、この結果からSHは小数点以下を切り捨てて、男性は約42センチ、女性は約39センチとなります。この身長÷4という「ざっくりタイプ」が計算しやすくて、ひとつの目安になりそうです。
2は「下腿高」の定義が定まっていない気もするのでので、ちょっとパスして、
3の「身長×0.23」だと、男性は約39センチ、女性は約36センチとなります。
男女平均のSHは、1の「ざっくりタイプ」では約40センチ、
3の「身長×0.23」だと約37センチということになります。こうしてみると、どうやら1の考え方が日本の椅子のサイズに近いようです。
そこでカタログや椅子の本、雑誌の情報の椅子のSHを見てみます。まず有名どころ3脚。
ウェグナーの「Yチェア」が42センチ(43センチという情報もあります)、ヤコブセンの「セブンチェア」が44センチです。超有名なエッフェルベースのイームズの「シェルチェア」が45センチでした。
この結果だけ見ると、「Yチェア」が日本人男性の身長から割り出した「ざっくりタイプの」SHとほぼ一致します。日本人体形に近く人気の理由ともいえそう。「セブンチェア」は2センチ高め。ただしイームズの「シェルチェア」は時代や生産国による個体差もあり、3次曲面の座を持つ椅子なの、45センチという測定の根拠がはっきりしないのが実情です。
またイームズの椅子たちもそうですが、かつて有名なデザイナーの椅子は日本人向けに脚がカットされて輸入されていたものもあります。当時は「プロポーションが違うじゃん」などと思っていましたが、いま考えると賢明な配慮だった気もします。
続いては、日本の住宅事情と私的な体験を交えて、さらにSHについて考えてみます。
靴を脱ぐ習慣の日本の住宅を考慮する
ここで、考えてみたいのが「日本の住宅の特性」です。そうです、日本人は玄関で靴を脱いで生活します。欧米圏の人たちのように家の中では基本、靴を履きません。この差は大きい。
普通の男性用のプレーンな靴やスニーカーでもヒールの高さは2センチはあるでしょう。バイカーの男子に人気のあるエンジニアブーツなどは、踵の高さが4センチ程度。女性の場合は5センチ以上のハイヒールを履くこともありますね。靴を脱ぐだけでも、もも下の寸法、下腿高(かたいこう)にかなり差が出ます。
小原先生の研究を紹介した書籍の「椅子のプロトタイプ1型」図面の一部より。ここで注目したいのは小原先生が靴のヒールの高さを「2.5センチ」に設定しているところです。靴を履いた状態での研究だったことがわかります。出典:「千葉大学工学部小原研究室・座の機構に関する実験的研究 第21報/1967年」
日本の家具屋さんには靴屋さんみたいなフィッティングサービスが必要かもしれません。もちろん、靴を履いたまま利用する飲食店や公共施設などの椅子の場合は考え方が違います。
ある集合住宅のショールームに行ったとき、ジャン・プルーべの「スタンダードチェア」が置いてありました。大好きな椅子なのでよろこんで腰掛けてみるとSHが高い。そのときスリッパを履いていましたが前出の日本人男性の平均身長より約5センチ高い私でもやっぱり高くて座りづらい。持ち歩いているメジャーで測るとSHは約48センチでした(個体差もありますし実測なのでメーカー発表と違う可能性はあります)。
その日、帰ってきてIKEAのカタログを引っ張り出してみました。そこで、いろんな椅子のサイズを確認しようと思ったのです。しかしIKEAカタログにSHの表記はない! 「お店に来て座ってください」というメッセージなのか、欧州にはSHを気にする習慣がないのかは不明ですが……。ちなみに私のうちにある「ノールドミーア チェア」http://allabout.co.jp/gm/gc/406626/
のSHは実測で約44センチでした。
左の猫が座っている椅子がIKEAの「ノールドミーア チェア」でSHは44センチ。テーブルもIKEAで天板の高さは73センチ。この場合は差尺が29センチなので座りやすい。右の籐の椅子もIKEAですがクッションも入れるとSHは、なんと50センチ! もっぱら猫の椅子兼、爪とぎになっています。手前の台は、以前、記事を書いたスツールみたいなもので高さは約42センチです。
いろんな「SOHO用」のワークチェアを試してきましたが、多くはSH=42センチからのものだったのでこの椅子は気に入っています。
上はSH39センチ低く設定したMUJIのワーキングチェア。足を前に出せて、ラクなんですが、とても姿勢が悪いですね。下は10センチ上げたSH49センチの足元。つい、キャスターの上に足をのっけてしまいます。どちらにしても、このIKEAのパイン材のダイニングテーブルは73センチと高すぎて作業には向いていませんでした。アームは使いにくかったので外しています。
私はコルビジュエの「LC7」が好きで、かなり高価ですが、いつか手に入れたいなー、と思っていました。しかしショップで座ってみてそのシートの高さに「部屋で作業するには不向き!」と断念。LC7のSHは50センチもありました。
コルビジュエは自らつくり上げた建築の基準寸法、建築学科出身の方にはおなじみの「モデュロール」で人体の寸法を「6フィート(約183センチ!)」としていますから、そこからデザインされたものかもしれません。でも前述の「ざっくりタイプ(身長の4分の1)」で計算すると約45センチのSHなのですが……。 特にワークチェアの場合、作業しやすいと感じる高さは人によって違います。私は昔から低めにセッティングしていました。あるオフィスに勤務していたころ同僚の小柄な女性が私の椅子に腰掛けたとき「なんで、こんなに低くしてんの?」と驚かれた経験があります。またアーム(肘掛け)も人によってはジャマになるようで両方のアームを取り外す人や、なぜか左だけ取り付けている人もいたりしました。
「椅子の高さが合わない」と感じたときは、DIYで思い切って脚を切ってしまう、という手もあります。ですが背が後ろに傾斜している場合はバランスを崩して倒れてしまうリスクもあるので、購入時に家具屋さんの専門家に相談すると安心です。
実際、無印良品では製品によって有償で椅子やテーブルの脚を1センチ単位でカットしてくれるサービスもあります。無印の店舗で約44センチの椅子を10センチ低くカットしたものが展示してありましたが座ってみると思った以上に快適でした。
座りやすさを第一に考える人は一度、いま座っている椅子の座の高さを測ってみてください。腰痛の原因が椅子のサイズや座り方からきている場合もあります。
椅子の高さについて考えていくとキリがなく、万人が満足できる「ユニバーサルデザイン」としての椅子はムリのような気がしてきます。みんな、たまに公園で見かける切り株のような「腰掛け」で十分! といった気持ちになったりもします。
椅子は身体に密着する「きわめて洋服、ファッションに近い」装置です。時間をかけて、いろんな椅子、そしてテーブル・デスクとの関係を試して「自分にとって快適な椅子」を見つけてください。
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