ナミブ砂海の誕生 1. 西岸砂漠の成り立ち

デッドフレイとソススフレイ

デッドフレイとソススフレイ。デューンの稜線にポツリポツリと見える点が人。その大きさがよくわかる

ナミブ砂海の誕生は7000万~1億年までさかのぼるといわれている。それまでくっついていた南アメリカとアフリカが分裂してしばらくした時代の話だ。恐竜が絶滅したのが6500万年前だから、それよりも昔ということになる。

赤いデューンに刻まれた幻想的な風紋

赤いデューンに刻まれた幻想的な風紋 ©牧哲雄

アフリカ大陸が独立すると、その西岸を南から北に向けてベンゲラ海流が流れはじめる。この海流は南極付近の海水や、深海から湧き上がった冷たい水を伝える寒流で、水が冷たいために上昇気流が発生せず、おかげで雨をもたらす雲も生まれない。

この乾燥した冷たい空気が偏西風によってアフリカ大陸に運ばれて、雨の降らない超乾燥地帯が誕生した。場所によって異なるが、砂漠地帯については年間降水量20~50mm。ちなみに東京は1500mmだ。

海流と偏西風の動きは世界のどこに行っても変わらないので、大陸西岸にはペルーのアタカマ砂漠のように乾燥地帯が多い。ナミブ砂海は典型的な西岸砂漠なのだ。

 

そして寒流の上空を流れる空気は時折飽和状態にまで冷やされる。その結果生まれるのが濃霧だ。ナミブ砂漠は雨が少ない代わりにしばしば濃霧が発生するため、先述したウェルウィッチアやサカダチゴミムシダマシのように、多くの動植物が霧から水を摂取するために特殊な能力を手に入れた。

ナミブ砂海の誕生 2. デューンの誕生

デューンの曲線

なんとも艶めかしいデューンの曲線 ©牧哲雄

日中、太陽の熱射が大地を焼くと強烈な上昇気流が発生して強い風を生む。その砂嵐が土や岩を削り、砂を巻き上げ、何万年もかけてデューンを作り出す。

風紋が風の強さや向きに合わせて形を変えるように、デューンも偏西風に飛ばされてその姿を変え、少しずつ少しずつ東へ移動している。そしてデューンはやがて拡散し、カラハリ砂漠の広大な大地へ飛び去り消えて行く。

デスフレイ

木々が立ち枯れたデスフレイの奇観 ©牧哲雄

ナミブ砂漠は南北1500~2000km、最大幅160kmに及ぶ広大な砂漠。このうち南北320km、幅120kmの一帯が世界遺産「ナミブ砂海」に登録されている。

2013年の世界遺産委員会で、ナミブ砂海の卓越した自然美、数千万年の歴史を記録した地形、超乾燥地帯と濃霧という他に類を見ない生態系、そこに暮らす多彩な生物多様性が認められ、4つの自然遺産登録基準をすべて満たすものと認められた。世界遺産約千件のうち、同様の世界遺産は21件しか存在しない。

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