メンタルヘルス/心の病気の原因・症状・セルフチェック

乳児期は実は大人になったあとの、心の病気のルーツ?

著名な発達心理学者だったエリクソンによれば、人の心理社会的発達は、生まれた直後の乳児期を始めに、8つの発達段階を経て、漸成的に完成していきます。今回は、最初の発達段階である、生後18カ月位までの乳児期の意義と、この時期に関連する心の病気、そして、エリクソンの理論を元に、この乳児期の育児へのヒントも詳しく解説いたします。

中嶋 泰憲

執筆者:中嶋 泰憲

医師 / メンタルヘルスガイド

児童期は人のライフサイクル中、第四段階!

人の心理社会的発達は、生まれた直後の乳児期を始めに、8つの発達段階を経て、最終的に完成されます。その間、もしも充分、こなせなかった発達課題があれば、それが後々の、心の病気のルーツになる可能性もあります

人は生まれた時は小さな赤ちゃんですが、すぐに心身の成長が始まり、やがて成熟した大人になった後は、月日とともに年輪を重ねて、いつかは人生の終盤戦に入っていきます。その折々で、いくつか重大なイベント、いわゆる人生の節目と呼ばれるものがあります。

例えば、小学校に上がり、その人の学校生活はスタートします。やがて思春期を迎え、どなたかとデートをするようになり、学校を出たあとは、いわゆる社会人として、その人の職業人生が始まります。その間、結婚相手を見つけ、子供をもうけ、子育てをしていくうちに、いつかは子供は巣立っていき、やがて仕事をリタイアして、老後に入っていきます。

こうした人生の節目節目をいかに順調に乗り切っていけたかどうかが、実は心の健康を維持していくうえで大変重要です。今回は、著名な発達心理学者であったエリク・エリクソンが提唱した、人はその人生のライフサイクルの折々で、いかなる発達課題を達成すべきか、また、そこで一旦、つまづいてしまうと、その後、どのような心の病気になりやすいかを、今回は人生の最初の段階である乳児期を重点的に解説します。

エリク・エリクソン(1902~1994) 

エリク・エリクソンはドイツのフランクフルトに生まれ、ドイツで幼少期、少年期、そして青年期はオーストリアのウィーンなどで過ごしました。エリクソンの母親はユダヤ系のデンマーク人で、父親は宗教はプロテスタントのデンマーク人らしかったですが、二人はエリクソンの誕生前に別れてしまい、エリクソンの母親はその後、小児科医であったユダヤ系ドイツ人と結婚しました。エリクソンの母親は終生、息子に本当の父親に関する情報を秘密にしていて、エリクソンは父親に一生、会う事はできませんでした。

エリクソンはユダヤ人の社会で育った訳ですが、エリクソンの外見は、金髪で長身の、いわゆる北欧系。エリクソンは幼少期、その外見を周りのユダヤ系の子供たちから、かわかわれたそうです。しかし、エリクソンが学校に上がると、周りは、プロテストタントのドイツ人が主流。エリクソンは自分がユダヤ人である事を意識せざるを得ず、自分自身のアイデンティティーに苦しんだ事が、その後、エリクソンが発達心理学の道に進む、大きなきっかけになりました。

エリクソンは学校を出たあとは、まず学校の先生になり、その後、子供の精神分析家になりました。そして1933年、米国に移住し、エリクソンは米国では大学の研究者となり、その後、ハーバード大学やカリフォルニア大学バークレー校などで教授をされましたが、その間、エリクソンが提唱した、人の心理社会的発達の理論は、発達心理学の世界に多大なインパクトを与えました。

人の成長、発達は漸成発達(epigenesis )!

漸成発達(epigennesis)とはエリクソンが自ら提唱した理論の、基本的原理を表わす語。元々は、発生学の用語で、我々のような生物の個体という、極めて複雑な構造物は、いきなりパッとそれが胚細胞から発生したのではなく、単純なものから複雑なものへ、いくつかの段階を経て完成されるという学説を表わす語でした。エリクソンはこの語を自説の基本的原理を表わす語として借用し、人の心理社会的発達は以下の8つの段階を経て、漸成的に完成されるとしました。

  • 第一段階  信頼 対 不信 (乳児期:生後18カ月位まで)
  • 第二段階  自律性 対 恥・疑惑 (幼児前期 :生後18カ月位から3歳位まで)
  • 第三段階  積極性 対 罪悪感 (幼児後期:3歳位から5歳位まで)
  • 第四段階  勤勉性 対 劣等感 (児童期:5歳位から13歳位まで) 
  • 第五段階  同一性 対 同一性拡散 (青年期:13歳位から21歳位まで)
  • 第六段階  親密感 対 孤独感 (初期成年期:21歳位から40歳位まで)
  • 第七段階  生殖性 対 自己吸収 (成年期:40歳位から60歳位まで) 
  • 第八段階  自我統合感 対 嫌悪・絶望 (成熟期:60歳位から、それ以降)
各段階では、上記のように、その段階に対応する2つの心理的側面があり、例えば、生後18カ月位までの第一段階では、乳児が、その時期を無事乗り切れば、その成果として、二つある心理的側面のうち前者の、他人を信頼できるという心理的側面を獲得します。反対に、その時期に何らかのつまずきがあった場合、後者の、他人に不信感を抱きやすい傾向になります。

第一段階に関連する心の病気は、うつ病、統合失調症、依存症!? 

今回は、まず最初の、第一段階を詳しく解説いたしますが、この第一段階は生後18カ月位までの乳児期。もちろん、そんな小さな時の事など、誰も記憶は無いはずですが、実は、この時期には、この時期特有の重要な発達課題があります。それは少々哲学的ではありますが、自分を世話してくれる母親を、そして、ひいては、自分が存在している、この世界を信じられるようになる事です。

それには、乳児の世話をする、一般的には母親の役割が大です。乳児はオナカがすくなど、何らかのフラストレーションを覚えると、大声で泣き出すものですが、その際、母親の対応が、適切なタイミングで、かつ、対応自体も、常に、ある一定の水準を維持していれば、やがて乳児は、どんな時でも待っていれば、母親が自分の世話をしてくれる事を学びます。これが他人を信じる事ができるという心理的側面を獲得する原動力であり、また、他人を信じる事が出来るという事は、これからの人生に希望を見出す事にも、つながっていきます。

もしも、この時期、例えば、乳児がオナカがすくなどして、泣き出した時、仮にも、もしも母親に放っておかれるような事があれば、乳児は乳児なりの絶望感を覚えます。エリクソンによれば、うつ病に特徴的な精神症状の一つである絶望感や、自分には価値が無いといった悲観的な思考は、この時期の絶望感にルーツがあるとしています。また、この時期の発達課題である、他人を信じる事に、もしも、つまずいてしまった場合、エリクソンによれば、以後の人生で、他人との交流を避けてしまう傾向が強まり、それが、統合失調症に関連するとしています。

さらに、この時期に関連する心の病気に、依存症があります。乳児の特徴的な行動の一つは、何でも口に入れる事ができるものは、口に入れてしまう事。この、刺激を求めて、何かを口に入れてしまうという行為が、エリクソンによれば、依存症のルーツ。もしも空虚な気持ちを満たす手段として、ギャンブルや飲酒などに依存してしまった場合、そのルーツは、この乳児期に、他人のみならず、自分の属する、この世界を信じられるようになる事に失敗してしまった可能性もあるのです。

乳児期の子育てへのヒント 

最後に、今回、詳しく解説いたしました、人の心理社会的発達の、第一段階の内容を元に、乳児期の子育てへのヒントをまとめます。

まず、乳児の発達課題は、他人を信頼できるようになる事。乳児が信頼する最初の人物は、もちろん自分の世話をする、一般的には母親です。乳児が母親の愛情がこもった育児の結果、母親を信頼する事が、自分が生まれてきた、この世界を信じられるようになる原動力だという事は、乳児を育児中の方は是非、頭において頂きたいです。

次に具体的な育児のポイントですが、乳児は泣き出す事で親に自分の要求を知らせます。その際、待っていれば、いずれ母親が自分の世話をしてくれるという事を乳児に覚えてもらうために、乳児の要求には適切なタイミング、かつ、常にある一定のレベルで対応を続けていく事が望ましいです。

その際、親の乳児への愛情は、量では無く、質である事は是非、ご留意ください。いくら乳児に、たくさん食べ物を与えていたからといって、決して、それで充分ではありません。乳児は、まだ物心がついてなく、自分の気持ちを言葉にできませんが、自分の身の周りの環境には大変、敏感であり、乳児は乳児なりに、その小さな目と耳で、親のしぐさや振る舞いを、きちんと観察しています!

乳児の育児中で無い方は、話がちょっと関係なかったかも知れませんが、最後に、頭の中で、自分の信頼している人をちょっと考えてみませんか? その際、すらすらと名前が出てくるような人は、乳児期の発達課題は無事、こなす事ができたはず。親御さんに、改めて感謝の気持ちを持つのも良いかも知れませんね。
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