ドラッカー経営学の思想基盤

ドラッカー経営学の基本思想

ドラッカー経営学の基本思想

ドラッカー経営学の基本思想をキーワードで表せば、「人間の幸せ」と「貢献」という2つの言葉に集約されると私は考えています。ドラッカー経営学は哲学的で難しいと言われたりしますが、ドラッカー経営学の基本思想はシンプルであると同時に道理にかなっています。だから多くの人から支持されるのでしょう。  

ドラッカーが生きた時代背景

ドラッカー経営学の基本思想を理解するためには、ドラッカーが生きた時代背景を知っておく必要があります。
ドラッカーが19歳のとき世界恐慌が起こりました。自由な経済活動から世界恐慌が起こり、ブルジョア資本主義は人々に自由と平等をもたらすことができませんでした。
一方、階級のない社会の実現を目指したマルクス社会主義は皮肉にも新たな階級構造を作り出し失敗に終わりました。

資本主義と社会主義は富の分配を資本家に行うのか労働者に行うのかの違いがあるだけで、結局は資本主義も社会主義も経済至上主義であり、この2つの経済至上主義は人間を幸せにすることはできなかったのです。資本主義と社会主義に絶望した大衆がすがったのがファシズム全体主義でしたが、それも大きな失敗に終わりました。

このファシズムの起源について以上のように解説したのがドラッカーの処女作『「経済人」の終わり』でした。ドラッカーはそのファシズムの権化であるヒトラーから逃れるように、イギリスそしてアメリカに移ったのでした。
 

自由と責任

このような背景もあって、ドラッカーの心には常に「人間はどうすれば幸せになるのか」という思いがありました。その「人間の幸せ」の根底にあったのは「自由」という概念でした。ただ、ドラッカーの言う「自由」とは「自分の好きなことをする」ということではありません。

ドラッカーは次のように言います。「単に好きなことをするだけでは自由はもたらされない。気ままにすぎない。それではいかなる成果もあげられない。いかなる貢献も行えない。自らの貢献は何かという問いからスタートするとき、人は自由となる。責任をもつがゆえに自由となる。」

この「自由」と「責任」がドラッカーの「人間の幸せ」のベースになる考え方です。
 

社会を生き物として見る「物見の役」

ドラッカーは自分のことを「社会生態学者」と呼んでいたように、若い頃から自分の使命は社会全体を見る「物見の役」であると認識していた人でした。彼は社会を生き物として見ていました。まさに社会は生き物です。ビルが集まっても社会とはなりません。廃墟を社会とは言いません。人間が集まるから社会となります。

社会を生き物として見るということから一つの真理が浮かびあがります。生き物の中の存在する組織は決してその組織の中に目的はありません。生き物である人体の中にある心臓の目的は何でしょう。心臓の目的は心臓の中にはなく、人体に血液を循環させることです。

社会は生き物です。その社会の中に存在するそれぞれの組織の目的はその組織の中にはありません。病院の目的は病院の外の患者さんの病気を治すことです。消防署の目的は消防署の外の火事を消すことです。

では民間企業の目的は何でしょうか。
民間企業の目的だけが組織の中の「利益をあげる」ことであるはずがありません。民間企業も社会の中に存在する一つの組織である以上その目的は組織の外にあります。民間企業の目的はそれぞれの企業が行っている事業を通して社会に貢献することです。
ドラッカー経営学の基本思想には「貢献」があります。
 

人間を幸せにしてこそ組織である

ドラッカー経営学の根底にあるのは社会への貢献であり、仕事を通しての人間の幸せです。ドラッカー経営学の集大成である『マネジメント』という本の「結論」の中に次のような言葉があります。

「組織とは、個として、あるいは社会の一員として、貢献の機会と自己実現を得るための手段である。(Organizaion is the means through which man, as an individual and as a member of the community, finds both contribution and achievement.)」

これこそがドラッカー経営学の根底にある思想であると私は考えています。

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