セクシュアルマイノリティ・同性愛/映画・ブックレビュー

それでも恋はやめられない:伏見憲明『百年の憂鬱』(2ページ目)

夏ももうすぐ終わりですね。HOTなSUMMER LOVEに夢中なアナタも、失恋してマジブルーなアナタも、セミの声を聴きながら無常感にひたっているゴトウのようなアナタも、超弩級のせつない純ゲイ恋愛小説を読んでみてはいかがでしょうか。きっとあのヒットソングのように、夏の胸キュンメモリーになるハズです。

後藤 純一

執筆者:後藤 純一

同性愛ガイド

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『百年の憂鬱』のあらすじ

作家生活にも行き詰まりを感じ、体力の衰えに悩まされている太った中年の主人公・義明は、水曜日だけ二丁目でゲイバーを営業しています。ある日そこに、学生の集団がやってきます。そのなかにユアンというアメリカ人と日本人のハーフだというモデルのような美青年がいて、お互いに意識するようになり、mixiでつながり、デートをするようになります(イマドキな出会いですね)。聡明な青年・ユアンは「義明さんの書くものって、冷めた文体に被われているけど、その仮面の下に、武士の志みたいな熱量がありますよね」と語り、主人公はその言葉に胸を打たれ、恋に落ちます。しかし、その恋は決して一筋縄ではいかず…という物語です。(そんな、中年のデブとモデルみたいな美青年がデキるなんてありえない!と思う方もいらっしゃるかと思いますが、ユアンはいわゆるフケデブ専。ゲイの世界では珍しくもなんともない話です)

義明はユアンを、二丁目初のゲイバー「ペールギュント」の伝説のマスター・松川の家へと連れて行きます。もうすぐ百歳になろうとする松川は、同性愛者が「変態」と蔑まれ、憎み合うことでしか互いを確認できなかった(呪いでしかなかった)不幸な時代を生きてきたがゆえに「猜疑心に骨の髄まで冒され、なかなか人を寄せつけない」人でした。しかし、義明は根気よく(15年もかけて)松川のもとを訪ね、その心を開かせ、話を聞くことができるようになっていました。明治生まれの松川と、平成生まれのユアン、同じゲイであっても考え方や生き方が180度も異なる二人が、対照的に描かれていきます。

義明とユアンの恋は、初めのうちこそ、ロマンチックに燃え上がっていましたが、やがて、義明に海外在住の忠士という長年のパートナー(「命の恩人」という表現が本当に秀逸だと思いました)がいることが、しだいに若くて純粋な青年には耐えられなくなっていきます。ユアンは「ぼくと忠士さんのどっちが大事なの!」と義明にくってかかるようになり、二人は激しいケンカを繰り返すようになります。そのセリフのリアルさときたら(遠い昔に自分が浴びせられた言葉そのものです)…あまりにも痛くて、苦くて、胸がギューっと締めつけられるような気持ちになります。

10年以上もつきあっているような長年のパートナーとは、恋愛感情やセックスもとうになくなり、おだやかな家族のような存在です。しかし、長年の歳月に培われた信頼関係や絆は、容易には壊れません。ユアンは、若さゆえに、そして、その情熱の本気さ、純粋さゆえに、どうしてもその「絆」が許せなくなるのです。義明にとってはそれぞれが全く別次元のものであり、「どちらも大事」としか言いようがない…それも真実です(よくわかります)。そして二人は、泥沼のような言い争いを重ね(一方で熱烈に互いを求め合い)、身も心もボロボロになっていくのです…

あまり詳しくは書きませんが、ラストが素晴らしかったです(決してハッピーエンドではないです)。ちょっと雷に打たれたような…ゾクゾクするような感動がありました。正直、泣けました。そして、この小説が本当に好きになりました。恋をした、と言ってもいいくらいです。
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