リーダーシップ/リーダーシップの基本知識

象徴的なリーダーからリーダーシップを考える(2ページ目)

企業の研修や大学の授業で象徴的なリーダーを問うと、小泉純一郎、星野仙一、カルロスゴーンなどがよく挙げられます。20代~50代まで世代間のギャップはあるものの、挙がってくる人はほとんど大差はありません。つまり、本質的な部分はあまり変わらないということを意味するようです。

藤田 聰

執筆者:藤田 聰

キャリアプラン・リーダーシップガイド


人望のリーダー~王貞治~

彼は、世界最高の通算本塁打記録を持つ、球界を代表する元野球選手。現在は、福岡ソフトバンクホークス球団取締役会長や読売巨人軍OB会会長、日本プロ野球名球会会長などを務めています。

王貞治氏は現役時代、ホームランという1つのテーマだけで猛烈な練習を積み重ね、1本でも多く打ちたいという強い気持ちから数々の偉業を打ち立てました。彼のすごさは、打ち立てた数々の記録に甘んじず、ただひたすら目の前の打席に命を懸けたことにあります。過去の偉大さに執着せずに、次のステップに次々と進んでいったからこそ、結果的に大記録を残すことができたのでしょう。

彼は現役時代には華々しい成績の数々を残しましたが、監督就任後も同じように上手くいったわけではありません。巨人やダイエーの監督時代初期には、思うような結果が残せず、ファンから生卵をぶつけられるという屈辱も受けました。スター街道を歩んできた王監督にとっては味わったことのない辛い時期だったでしょう。

当時の彼は、実績が劣るコーチ陣の意見には耳を貸さず、「世界の王にはどんな意見も釈迦に説法」と言われる程、近寄りがたい存在でした。しかし、勝てない原因はチームの不協和音にある。その原因を作っているのは自分だと気づき、徐々に選手やコーチ陣に歩み寄るようになりました。

そして、選手1人1人が過ごしやすい環境作りに力を入れるようになり、監督経験を重ねた力が実を結び、1999年に球団創設11年目にして初のリーグ優勝。さらに中日との日本シリーズも制し、監督として初の日本一をもたらすことができました。以降、王氏は監督しても有能な人物として活躍していくことになります。

王元監督の言葉からみるリーダーの要素

彼はマスコミの取材でチームの指揮について数々の名言を残しています。優秀なリーダーはどのような視点でチームを見ているのか、彼の発言から考えていきましょう。

「チームというのは試合に負けてこそわかることが多い。逆に負けたことでチームの改革がやりやすくなったと言えるかもしれない。」

リーダーは負けたことから学ぶ姿勢を貫く。現役時代、失敗をばねに猛烈な練習を行い、試行錯誤のうえ一本足打法を生み出した王監督が言う言葉だからこそ余計に重みがあります。

「選手の中にも花粉症が何人もいるだろう。でも万が一ドーピングにひっかかってはいけないと、我慢しているんじゃないか。風邪薬でも禁止薬物に入るケースがあるからね。選手が我慢しているのだから、監督の俺も我慢するのは当然だろう。」

花粉症で鼻をグズつかせている監督に対し、記者が花粉症対策はしていないのですか?と質問した際の回答。非常に思いやりのある発言ですね。人望とは、「部下を奮い立たせる気にする能力」のことをいいます。自分の私利私欲のために部下を指示するリーダーは、部下の人望を勝ち取ることはできません。優れた上司は自分のために部下を働かせるのではなく、部下のために自らが働きます。

「私は難しく考えすぎていて、最後までバッティングの真髄はつかめなかった。無心に練習しろとは言わないが、気軽にやるということが融通性を養うためには大事である。人の力には個人差があるし個性もある。一人一人顔つきも違うように、性格も違う。だから、それぞれが自分の持ち味を出せるように気軽にやればいいのだ。私も選手諸君の個性を引き出すために、色々と努力するつもりである。」

部下の自主性を発揮する環境作りこそ、リーダーが最初にやるべき大事な任務であります。王氏は選手1人1人の個性を尊重し、チームがまとまっていることより、ばらばらであることを喜べる監督でした。それぞれの個性を熟知しているからこそ、適切な配置が行えるうえ、選手も自分の得意技を自由に発揮できることにより、結果的にチームが1つになるのです。

リーダーは、利他の精神を持って取り組んでいく

そんな王氏は、現在では人望の厚い監督として有名です。WBCの監督を務めた際には、多くの選手が「王監督のためにも勝ちたい!」と言っていたそうです。

存在そのものが心の支えになるような人物には、なりたくてもなかなかなれません。しかし、人望というものは生まれつき備わっているわけではなく、自分の発言や行動によって培われるものです。

王氏の場合、現役時代に不断の努力によって輝かしい成績を残したことで、まず尊敬という土俵ができています。加えて、彼は、1人1人の選手の特長を踏まえたうえで、最大限のパフォーマンスを引き出すような接し方を心がけています。

他人のために何ができるかという視点を持っていないと人はついてきません。いくら技能的に優秀な人でも、フォロワーがついてこない人は山ほどいます。個人主義ではなく、利他の精神を持って取り組んでいくと、自然と人がついてくるでしょう。

人望は地道な努力でしか培うことができませんが、何にも代えがたい魅力です。チームを引っ張る有能なリーダーは人望が厚い人が多いことからも、人望はリーダーにとって大切な要素であるといえるでしょう。

(参照文献:『名将・王貞治 勝つための「リーダー思考」』(日本文芸社))
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