【1】

中国の豪商、胡雪岩(こせつがん)は、古代の「商聖」と言われる陶朱公(とうしゅこう)に匹敵する重要人物で、しばしば「第2の商聖」と呼ばれている。いったい、彼はどんな人物だったのか。

胡雪岩は貧しく賤しい家に生まれ、乱世に身を置きながらも、自らの知恵と才能を駆使し、権勢を握る人々の勢力を利用して、莫大な財産を築き上げた。

大平天国の乱をはじめ戦乱が頻発し、混迷を極めた当時の政情のなか、胡雪岩は時代の方向を見定めると同時に、清の朝廷に巨額の資金を援助し、その見返りとして事業に対する支援を引き出した。

さらに幾多の紆余曲折を経て、一介の銭荘(せんそう・金融機関のこと)の小僧から、中国歴史上唯一の「紅頂商人」になった後は、自ら銭荘や質屋を創設し、全国的な金融網を構築するとともに「胡慶余堂」(こけいよどう)という薬局を設立した。

当時の欽差大臣(きんさだいじん・特命全権大使)であった左宗棠(さそうとう)は、そんな胡雪岩を指して「商人にして豪侠の気質がある」と賞賛し、大文豪である魯迅(ろじん)も「胡雪岩こそ、中国封建社会最後の偉大な商人だ」と激賛を惜しまなかった。

【2】

胡雪岩がビジネス界で縦横無尽に活躍できたのはなぜか。それは、彼に、次のような資質があったからだ。
・「人材の使い方を知る」用人観、
・「時宜を得て物事を運ぶ」機運観
・「大勢にうまく順応する」時勢観
・「政府を味方に付けて利を追求する」官商観
・「果敢な知謀と素早い行動を優先する」謀略観
・「市場を活性化させ場面をつける」営業観
・「鋭い洞察力で人情や世事を正確に把握する」処世観 

また、胡雪岩の成功は、商人として備えるべき4つの徳目、すなわち「智・仁・勇・信」をすべて兼ね備えていた。

【3】

胡雪岩は「信念なくして大商人になることはできない」という。事実、彼は、商人でありながら、天下を憂えることを知っていた。

彼が、生きたのは、中国史上で最も混乱していた時代だった。アヘンが輸入され、貴重な銀が大量に流出するとともに、外国勢力の侵略に無防備にさらされ、朝廷にも国を守る力がなかった時代だ。

暴政に耐えられなくなった農民たちを率いて、洪秀全(こうしゅうぜん)が太平天国を叫んで乱を起こした。そのとき、彼は胡雪岩を通して西洋商人から武器を購入しようとした。そして、見返りに利益を保証すると申し出た。

しかし、胡雪岩は申し出を丁重に断わった。彼には国が様々な内憂外患に直面している時こそ、いつにも増して安定した政府と官員の体制が必要であるという認識をもっていたからだ。

こうした認識があったからこそ、商人の地位が低かった清朝末期でありながら、胡雪岩は当時の人々からだけでなく、後代の人々からも賞賛を一身に集めているのだ。

【4】

胡雪岩は大言壮語を吐くような人ではなかった。そんな彼から、今日の経営人が学ぶべき重要な教訓がある。それは、商人であれ官吏であれ、必ず社会的責任感を持たなければならないということだ。

そして、不正な手段で私利を得ようとする「貧官」(どんかん)や「奸商」(かんしょう)には、決してなってはならないということだ。これこそが、まさに胡雪岩の信条だった。

この信条のおかげで、胡雪岩は一介の賤しい徒弟から、豪商に成長することができた。さらに、豪商になってからも、多くの人の尊敬と信望を一身に集めることができたのだ。

平和な世の中ならともかく、清朝末期という、国力が衰えつつある中国に生きながら、このように高い見識を持つにいたったことは、高く評価されるべきだ。

事業をしようとする人、特に、大きな事業を成就させようと夢見る人は、いつの時代でも、どんな国にあっても、このように高尚な信条を、必ず持たなければならないのだ。




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