秀吉のプロジェクト運営の極意を学びましょう
プロジェクトを進めて行く途中で、さまざまな困難や障害が出てくるのは当たり前です。その時にプロジェクトリーダーがどう振る舞うかによって、プロジェクトが成功するかどうかが決まると言っても過言ではありません。
つまりプロジェクトを成功させる要はプロジェクトリーダーにどういう人物を選ぶかにあります。今回は天性のプロジェクトリーダーであった秀吉にスポットをあてて、プロジェクト運営の極意を学んでみましょう。
秀吉のプロジェクト運営に学ぶ
豊臣秀吉(木下藤吉郎)は、織田信長の草履取りからスタートし、出世していきます
さてある日、暴風雨で清洲城の塀が崩れてしまいました。すぐに信長によって普請奉行が命じられ工事が始まるのですが、20日以上経過しても、めぼしい進展がありません。
この工事をプロジェクトと考えると20日以上も修理にかかるというのは致命的な失敗です。時は戦国時代であり城を防備するはずの塀が壊れていては、防衛力がかなり低下します。 短時間で塀の修理を終え、防衛力を元に戻すというのが、この修理プロジェクトのミッション(使命)になります。
新たに普請奉行に就任したのが秀吉。信長に自分なら短時日で完成させてみせると約束します。
プロジェクトのキックオフでミッションを共有する
修理プロジェクトをキックオフする
「おまえたち、今やっている作業がいかに大切か分かっているか!ここは、ご領主、信長様のお城だ。おまえたちが稲を植えたり、刈り入れたり、色々と仕事ができるのも、この尾張を信長様が守ってくれているおかげである。そのことをゆめゆめ忘れてはならない。
さて、そのご領主様の城の塀が壊れた。今、美濃の斉藤や駿府の今川に攻め込まれたらどうする。 塀のない城なぞ、鎧なしで戦うのと同じだぞ。いいか、よく聞け。今年も無事に稲刈りができるようにしたければ、この塀を早急に直さにゃならぬ。ここが戦場になってみい、刈り入れどころではなくなるぞ!」
今までの作業をやめさせて、最初はなにを言い出すのかと聞いていた職人たちの心に秀吉の言葉が浸透していきました。 これがミッションの共有です。
プロジェクトのスタートにあたってはプロジェクトの使命を共有することが大切。全員でプロジェクトのミッションは何であるかをじっくりと話し合い、共有することです。皆のベクトルをあわせ一丸となって進むプロジェクトに勝るプロジェクトはありません。
さて、次に秀吉が行ったのが……。