不安を増長させる言葉の壁



一緒に避難してきたルームメイトは同じ国の人達と合流。
なんとなくそのグループに入ることが出来ず、たった一人で避難所に続く列に並ぶ。
これからどうなるんだろう?
家族も頼る人もいない、そして自分の置かれている状況が把握できない不安。

言葉が通じない、というのはこのような非日常の生活において、重大な問題である。何しろ情報が一切入ってこないようなものなのだから。周りは外国人ばかり(というかアメリカの人から見れば、自分が外国人だが)、家族も友達もいない、という状況は不安を一層増長させた。



幸いにも避難所内で知り合いの日本人学生を見つけ、思わず涙があふれた。言葉の大切さを痛感した日でもあった。


自分の無力さを思い知った避難初日


避難して来ている人達は、まるで引越しのようにリヤカーに家財道具を載せて持ち込んできている。学生は枕と毛布を抱え、ほぼ全ての荷物を持って避難してきていた。

ショックだった。
得体の知れない不安が私に覆い被さってきて、不安で悲しくなった。
もし事前に情報があれば、きちんと対応出来たのに、この時の私はあまりにも軽率だった。私が持ってきた荷物といえば、タオル一枚とパジャマ、洗面道具、それに次の日の着替えだけ。

もしかしたら契約をすませたばかりのアパートさえ、ハリケーンで吹き飛んでしまうかもしれない。例え家財など何もなくとも、住むところがなくなるかも、という不安は、本当に恐ろしかった。今でも思い出すとぞっとする。

避難初日の夜は何もやることがないので、ずっとトランプをやってた。
大好きだった会社を辞めて、大切な人達と離れてまでアメリカに勉強に来たのに、私は何をやっているんだろう?とトランプをやりながら悲しくなった。
アメリカの避難所では、誰も床に直接座ったり、寝ることはない。
みな、椅子を並べてベット代わりにして寝ていた。
私もなんとか椅子を2つ確保し、足を曲げて横になったが、毛布を持ってこなかったことを心底後悔した。とても寒かった。

社会人として、仕事をし、給料をもらい、一人前の大人として生活してきたが、ちょっと環境がかわっただけで、こんなにも無力な人間になってしまうとは、想像さえ出来なかった。とにかく「つらい」の一言。


避難所生活2日目。希望に満ちた新学期のはずだったのに…。



避難所生活2日目。
本当だったら新学期の朝のはずなのに、避難所で寒くてお腹が空いて目が覚めた。
そういえば昨日はポテトチップスをお昼に食べただけ。ひもじい、ってこういうものか?食べたいものを自由に食べられない不自由さを味わう。
(ちなみに朝はサンドイッチが一つ、昼はパンと牛乳が配られた。)



しかし、2日目にして早くもボランティアの人達が増えはじめ、夕方には温かいミートスバゲティが配給された。この時は誰もが走ってスパゲティの列に並んだ。とにかくお腹が空いていたし、食べるということはとても大切なことだと実感!

毛布(数に限りがあり、私はたまたま入手できた)も配給され、やっと眠ることが出来た。たった一枚の毛布は身体だけでなく、冷え切った心さえも包んでくれた。


避難所内で「クーラーがキツイ」理由


避難所内はとにかく寒い!それなのにクーラーがきいている。
しかしこれにはワケがあった。避難所内にはシャワー施設がないため、クーラーによって、発汗を抑えなるべく清潔を保つというのだ。いわゆる体臭対策である。


ボランティア大国、アメリカ


人間は、安全や食べ物に対する欲求が満たされると、だいぶ精神的に落ち着いてくる。2日目の夕方以降、食べ物や飲み物、毛布の配布でだいぶ避難所生活は楽になった。

新聞やテレビも設置され、情報が入手できるようになった。
映画上映も始まった。
2日目の夜には、希望者全員が近くのYWCAでシャワーを浴びることが出来た。

3日目午前中にはピエロが笛を吹きながらやって来て、紙やお菓子、風船を配ってくれた。子供達だけでなく、大人も大喜び。癒された。
素早い対応と多様なボランティア活動に驚かされる。