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渡米後8日目に訪れた、突然の避難命令
つらい避難所生活の始まり
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不安を増長させる言葉の壁
自分の無力さを思い知った避難初日
避難所生活2日目。希望に満ちた新学期のはずだったのに…
避難所内で「クーラーがキツイ」理由
ボランティア大国、アメリカ
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コレクトコール代 10,000超
非常事態につけ込んだ犯罪
思いがけない突然の避難所生活終了


現在、新潟中越地震により、避難所生活を余儀なくされている方には慎んでお見舞い申し上げます。実は私もアメリカ留学してすぐに避難所生活をせざるを得ない状況になりました。今回はアメリカの避難所生活の様子をレポートします。


突然の避難命令


会社を辞め、念願のアメリカ留学第1歩を踏み出したばかりの私を襲った突然の巨大ハリケーン。

渡米して1週間、やっと住むところも決まり、いよいよ明後日から学校が始まる、とほっとしているところでルームメイトが掛け込んで来た!

「超巨大ハリケーンが近づいているらしい。明日の昼までに住人は全員避難しろという避難命令が出てる」

テレビも電話もつながっておらず、新聞も当然とっていない。渡米したばかりで英語力が乏しかった私はいまいち理解できず、でも集合場所に行かなければいけない、というのはなんとなくわかった。

「ふ~ん」
とりあえず適当な荷物だけ持って、「どうせ1泊ぐらいだろう」と軽い気持ちで集合場所へ。その日は学校の集会場みたいなところで一夜を明かす。


つらい避難所生活の始まり


学校からの説明によると、どうやらバスでシェルター施設(避難所)に避難するらしい。「2時間ぐらいかなあ」と思っていたら避難の車による大渋滞で、なんとバスで9時間もかかった。その間トイレ休憩はたった1回。昼食はポテトチップスと水が配られただけ。



30人乗りのバスの中で日本人は私一人。一緒に避難したルームメイトは、母国語で同じ国の子と話してるし、バスは窮屈だし、車内は英語だし、本当にしんどかった。
アメリカに来たばかりで英語力に乏しかった私は、自分がどこに向かっているのか、これから何が起こるのか、どうしていいのか全く分からず、ただどこかに到着するのを待った。

朝9時に出発したバスは夕方6時にようやく目的地(避難所)に到着。
避難所はコンベンションセンターと呼ばれ、人であふれかえっていた。
(後で地図で調べたところ、避難所はアトランタから車で2時間のところにあるMaconという街にあった)


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