営業力がないから得たヒント
▲「営業力がなかったから、オーダーに応えるしかなかった」 |
そんな日々を過ごしていたとき、あるお客様に「ベアリングではなく、ベアリングの中の部品だけを売ってほしい」という奇妙なオーダーを受ける。
通常、せっかくの製品を分解して売るような販売方法は、営業効率を低下させるため容易に許されることではない。どこへでも売り込める営業力がある担当者であれば、そうしたオーダーは断るところだが、「私には営業力がありませんでしたから、それに応えるしかなかったんです(笑)」
詳しく話を聞いてみると、発注主はその部品を金型を固定する「ロックピン」として使用するのだという。しかもそれは日本にはない製品だった。「そうであれば作って売ろう」と製造販売を試みたところ、その発注主以外にも売れる商品になった。
これに気を良くして次々と顧客の要望を製品化すると、次第に業界で「ミスミなら必要な製品を作ってくれる」という評判が広がり、自然とオーダーが寄せられるようになってきた。
「その後、商品の価格も記載したカタログを作成して通信販売をスタートしました。これも私が対面で価格交渉するのが苦手だったからです(笑)」
販売代理店vs購買代理店
▲ジュエリーリフォーム専門店「ADCT」 |
よく考えてみれば、工場相手に製品を売り込んでいるのは「工具屋」と呼ばれる全国に1万社近くある中小販売会社である。扱っている商品はどこも同じで、基本的に工場に言われた製品をメーカーから取り寄せ持ってくるだけだ。プロダクトアウトの発想に基づく、文字通り「販売代理店」である。
一方、顧客のニーズを聞いた上で、それに合致する製品を探す、もしくは製品を作る田口氏のスタイルは、販売代理店とは逆の「購買代理店」という発想である。これなら営業力がなくても、他社との競争に巻き込まれない。
それを田口氏は「マーケットアウト」というコンセプトとしてまとめた。それまではまずモノを作り、作ったモノを相手に売り込む「プロダクトアウト」が業界の常識だったが、顧客が必要としているものを聞き出し、それに合致した製品を生み出す「マーケットアウト」は、大量生産時代から多品種少量生産に移った時代のニーズに合致していた。そしてミスミは一気に、東証1部に上場する業界最大手に駆け上がった。
「私に営業力があったら、こうはならなかったはず。どこにでもあるものを売るのではなく、新しい価値を売ることで、競争から抜け出ることができたのです」