エムアウト 代表取締役社長 田口 弘氏
エムアウト 代表取締役社長 田口 弘氏 1937年生まれ。59年大竹農機(現大竹製作所)入社。63年三住商事(現ミスミ)設立に参画。69年同社社長就任。94年東証2部上場、98年東証1部上場を果たす。「購買代理店」「マーケットアウト」など斬新な経営コンセプトを打ち出し、ミスミを年商550億円の商社に育てた。2002年、起業専業企業エムアウト設立、代表取締役社長就任。著書に『隠すな!』などがある。参考記事『「先生」みたいな社長』
エムアウト田口弘社長は、金型部品商社ミスミを東証1部企業に育て上げた名経営者である。商社の叩き上げの社長と聞いて、バリバリの営業風のやり手タイプかと思いきや、実際に会ってみると意外にも物静かな紳士だった。

ミスミは商社でありながら、商品を売る営業担当者はゼロといったユニークな営業手法で知られている。担当者が顧客を訪ねても一切売り込まず、ただ顧客の要望に耳を傾けるだけ。こうした営業スタイルが生み出されたのは、田口社長自身、営業が苦手だったからだ。この“消極的”営業スタイルを生んだ、田口氏のキャリアを探った。



ウエットな人間関係が苦手


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現代アートのインターネット通販サイト「@GALLERY TAGBORT」。不透明な絵画ビジネスに切り込んでいる。
農機具メーカーに就職した田口氏は、全国の販売店や農協に農機具を販売する営業として働き始めた。相手は個人事業主や農業関係者。地方に営業に行くと「いいから俺の酒を飲め!」と、昼間から酒を勧めてくるような相手だった。酒が飲めない田口氏は、これにずっと悩まされることになる。しかも、個人事業主たちは税金対策などのために、別会社への伝票の付け替えなどを平然と要求してくることもあった。こうしたウエットな人間関係を苦手としていた田口氏は、農機具の営業になじめないでいた。

その後、友人に誘われ三住商事(現ミスミ)立ち上げに参画した田口氏は、中小工場相手にベアリングを販売する仕事に携わるようになる。ところがこの仕事も農機具の販売に似ているところがあった。

どこの会社でも取り扱っているベアリングは、工場の責任者などと酒を酌み交わすなどして、人間関係を構築するといった営業力が必要とされた。田口氏は苦戦を強いられることになる。