セクシュアルマイノリティ・同性愛/映画・ブックレビュー

伏見さんの小説単行本『団地の女学生』(2ページ目)

文藝賞作品『魔女の息子』に続く、伏見憲明さんの受賞後第一作(7年ぶり)となる単行本『団地の女学生』が集英社から発売されました。『団地の女学生』『爪を噛む女』の2作品が収められています。

後藤 純一

執筆者:後藤 純一

同性愛ガイド

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伏見さんが小説を書かずにいられなかった理由


魔女の息子
『魔女の息子』伏見憲明/河出書房新社/1260円
そんなスゴイ(十分すぎる)業績を残してきたわけですが、伏見さんはそれでも決して満足していたわけではありませんでした。あれだけ膨大な論文やエッセイでゲイのことを語り尽くしてきた人が、どうしても表現しきれていないと感じること…その腹の底に澱のように沈殿していたものを吐き出さずにはいられなかったのです。それが小説『魔女の息子』でした。

『魔女の息子』はゲイのフリーライターである和紀の日常生活を描いています。ハッテン場の暗がりで出会う名前も知らない男たち、老いらくの恋に燃える母親、酔っぱらって暴力を振るっていた父親、ゲイである和紀を憎んでいた兄、そんな兄の娘(姪)、自己顕示欲の塊のような上司の女性、「本当のこと」を言ったばかりに彼女に切られてしまったライターの女性、そんな彼女たちを寛大に受け容れてくれる行きつけのゲイバーのママ、「戦争よりもオーガズムを」と訴えるフェミニスト…和紀もその周囲の人たちも、世間の「こうあるべき」という規範から外れていたり、一癖も二癖もあるような人ばかりですが、そうした人々の生き様を描いてくなかで、容赦なくぶつかる人生の難問が浮き彫りにされていきます。

オープンで前向きで健全な「ハッピーゲイライフ」で彩られているように見える街も、路地を一歩入れば、深い闇のような陥穽が待ち受けています。僕らは、その弱さゆえに、あるいは正直さゆえに、その暗がりに入ったり出たりを繰り返し、世間から後ろ指をさされるような行為にも足を突っ込んでいます。そこに描かれているのは僕ら自身の「影」であり、理屈では割り切れない、どうしようもない人間の業であり、痛みであり、祈りも似た感情です。

『魔女の息子』は、内容の深さ、構成の巧みさもさることながら、その冴え渡った言葉運びには、魂というか、オーラというか、ただ事ではない…ある種「神がかり」的な何かが宿っていたように感じました。だからこそ、人々の心を掴む力を持ちえたのだと思いますし、2003年度の文藝賞に輝き、世間にも評価されたのです。もしまだお読みになっていない方は、ぜひ読んでください。これは、まぎれもない傑作です。

『魔女の息子』が文藝賞に輝いたというニュースは、ゲイコミュニティにも喜びをもって迎えられました(『バディ』編集部で祝賀会が催されたくらいです)。それまで「評論家」という肩書きだった伏見さんが「小説家(作家)」としても認められたことで、たくさんの人たちが「次はどんな小説を書いてくれるんだろう?」と心待ちにするようになりました。
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