徳島の黒茶
見た目は京番茶のような阿波番茶
今回ご紹介する日本の黒茶は、四国徳島県の「阿波番茶」です。
番茶というと、いろいろなものがあるので、なんだかわからなくなってしまいますね。例えば、一番茶を摘み終わったあとの、二番茶、三番茶は品質的に劣後するので、一番茶より悪い「○番茶」の番茶という言葉が、番茶を生み出したといわれます。あるいは、遅く摘む「遅茶」が「番茶」になったという説明もあります。しかも、番茶は「焙じ茶」とイコールとする場合もあるので、複雑怪奇なものになってしまいます。
いずれにせよ、遅く摘むので番茶の茶葉は大きく、カフェインも少ないため、昔から幅広い年齢層に飲まれてきました。中国茶でいうと、陸羽が茶経で書いている「茗」に当たるような茶葉が番茶なのだといえるのかもしれません。
京都で有名な一保堂の炒り番茶などは、まるで落ち葉のような形状をしており、さらに、焚き火で燻したように香ばしい香りがします。これが碧螺春などの華奢で繊細な芽のお茶と同じ物なのかとおもうと、なんだかとても面白いですね。
さて、取り上げる阿波番茶も、番茶という名前が付いています。一件、京番茶などとそれほどかわらない見かけのお茶ですが、しかしこのお茶が他の番茶と違うのは、その製造工程や癖のある香りとほのかな酸味だといえるでしょう。
阿波番茶は、四国の徳島県徳島市の南西50キロほどの那賀川の中流地帯の山間部である那賀郡相生町大久保や牛輪が最大の産地といわれ、他にも上勝町などで作られます。
その歴史は、弘法大師が太龍寺、平等寺、薬王寺建立のための巡錫の折、この地方に自生する山茶を発見して製茶法を教えたのが始まりだといわれ、古くからこの地域の一般民衆の間で広まっていたものとされています。しかし、このお茶は、様々な変遷があるようで、明治時代には緑茶の方が多く作られていた等という記録もあるのだそうです。なぜ、このような後発酵の物が残っているのか、とても興味深いところです。