2007年8月25日に三幸機械株式会社で開催されたパン業界で働く女性の会、クラブ ド サントノーレの第6回目のセミナーの内容をお伝えします。

最初の夢はデザイナー

講師は、ベッカライW+haus(ダブルハウス)オーナーシェフの渡邉幸子さん。
設計事務所での仕事、パン職人への道、結婚、出産、育児、さらに自分のお店を持つことなど、渡邉さんのひとつひとつの夢実現までの過程が、パンのデモンストレーションと同時進行で語られました。
渡邉幸子さん

最初の夢はインテリアデザイナーでした。桑沢デザイン研究所を卒業後、渡邉さんは20歳からの8年間、設計事務所で働きます。

男性中心の職場で、遅くまでひたすら図面をひくだけの毎日。やがて個人事務所に移り、現場に出るようになり、「ものづくりに最後まで関わる」という希望が叶ったものの、夜遅くまで働く生活で体調を崩してしまいます。

「その頃、40歳になった自分を想像してみたら、デザイナーとして成功している姿が思い浮かべられなかったんです」という渡邉さんは、その迷いを抱えたまま、夏の休暇にヨーロッパの旅にでかけました。
「F1が好きで行きたかっただけなんですけれどね」

きっかけはどうであれ、ドイツのB&Bで美味しい朝食、本物のパンの美味しさに出合い、パン屋さんになる夢が生まれたのだそうです。

クランベリーのカントリーブレッド。 ソフトフランスの生地で焼く切りっぱなしのパン。トッピングはローストアマニ。

パン職人になりたいと思ってしたこと

「パン屋さんになりたいと思ったものの、何をどうしたらいいのかわからないので、まずは週に一度、パン教室に通うことにしました。家庭製パンですから、もちろんそこには限界があります」

その頃の渡邉さんは折に触れて「パン焼きたい、パン屋になりたい」と言っていたそう。そこから新しい縁が生まれます。事務所の取引先の人から恵比寿にあったパン屋さんを紹介されたのです。27歳の頃、彼女はそこでアルバイトを始めます。

朝は始発に乗り6時からお昼までパン屋さん、午後は夜まで設計事務所。まわりの誰もがいつかは辞めるだろうと思っていたのを、意地で続けた渡邉さん。

「2つのことを追っても、どちらも駄目になるのでは」。彼女の姿を見かねた親友がそこへ救いの手を差し伸べます。四谷のブランジェ浅野屋を紹介してくれたのです。設計事務所を辞め、浅野屋に就職したとき、渡邉さんは28歳でした。


念願のパン職人になった渡邉さん。次のページは 結婚と出産、自分のお店を持つ夢のお話です。