アマルフィの歴史1 海と山とアマルフィ

プライアーノ近辺から眺めたソレント半島。右奥に小さく見える街がポジターノだ

プライアーノ近辺から眺めたソレント半島。右奥に小さく見える街がポジターノだ

最初にアマルフィ海岸に住み着いたのは古代ギリシア人だったとかローマ帝国の貴族だったといわれているが、詳細はハッキリしない。難破したのか島に流されたのかわからないが、いずれにせよ船でこの地にたどり着き、定住をはじめたようだ。

もともと船で来た人々だけに、造船・航海術には秀でていた。船を足にして漁業や交易を行って暮らしていたようだ。入り組んだ海岸線と断崖絶壁が天然の要塞となって家々を守り、少しずつ人が増えて村は街になった。

当初は敵の侵入に備えて断崖の上で暮らしていたが、これが過酷を極めた。そのために数々の工夫をもたらし、独自の文化を生み出した。

たとえば、ロバとウマをかけあわせたラバを飼って移動手段とした。断崖に穀物はならなかったが、太陽をたっぷりと受ける斜面を利用して、潮風と乾燥に強いレモンとオリーブを植えると豊かに実をつけた。真水を手に入れるために灌漑設備を作り、飲み水を確保すると同時に水車を設置して、高低差を力に変換して工業に利用した。すぐれた航海術を使ってヨーロッパやアフリカにまで旅立ち、広く交易を開始した。

こうして人々は海と山を味方につけると、繁栄への手がかりをつかむ。

アマルフィの歴史2 海洋都市国家の誕生と滅亡

ポジターノ全景。中央やや右下に小さく見えるのがポジターノのランドマーク、サンタマリア・アッスンタ教会のクーポラ(丸屋根)だ

ポジターノ全景。中央やや右下に小さく見えるのがポジターノのランドマーク、サンタマリア・アッスンタ教会のクーポラ(丸屋根)だ

紀元前後にはイタリア半島すべてがローマ帝国の支配下にあったが、476年に西ローマ帝国が滅亡。東ゴート族やロンバルト族が一時支配するものの、強力な中央を失ったイタリアでは各地の都市国家が栄えるようになる。

554年、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)のユスティニアヌス帝がイタリア半島奪還に成功。660年、東ローマ帝国の下にナポリ公国が誕生し、アマルフィ海岸も公国の領域となる。そして839年、ついにアマルフィは共和国としての独立を宣言する。

一方アジアでは、7世紀に誕生したアラブ帝国・イスラム帝国が、西アジアから北アフリカ、イベリア半島に至る大帝国を成立させた。東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを包囲するほどの勢いに、ヨーロッパの地中海諸国は戦々恐々とする。アマルフィもしばしばこの争いに参加して、872年にはイスラム軍を撃破、東ローマ帝国よりカプリ島を譲渡されている。

しかし、アマルフィはイスラム圏とも盛んに交易を行った。たとえばイスラムからその技術を学び、ヨーロッパで最初に羅針盤を使ったのがアマルフィだった。それを指揮したのがフラヴィオ・ジョイアといわれており、アマルフィのフラヴィオ・ジョイア広場には彼の銅像が立っている。

11世紀に全盛期を迎えたアマルフィだったが、その後ノルマン人やピサから攻撃を受けて次第に荒廃していく。1343年には大嵐が襲い、街は壊滅的な被害を受けると都市国家としての機能をほとんど失ってしまう。

世界遺産「アマルフィ海岸」とその文化

アマルフィのドゥオーモ。全体はロマネスク様式ながら、たとえばファサード(正面)下部のアトリウム(玄関)の白い装飾や、左の鐘楼には、ムーア式の影響が見られる

アマルフィのドゥオーモ。全体はロマネスク様式ながら、たとえばファサード(正面)下部のアトリウム(玄関)の白い装飾や、左の鐘楼には、ムーア式の影響が見られる

海と山、東洋と西洋、キリスト教とイスラム教が出会う場所、アマルフィ。

交易で栄えたアマルフィは、ワインやレモン、オリーブ、武器などイタリアの産品を北アフリカで金と交換し、金をアジアで香辛料や絹織物、陶器に換え、それをイタリアに持ち帰る三角貿易や東方貿易で莫大な利益をあげた。

すぐれたイスラムの文化を次々に取り入れて、たとえばエーゲ海や西アジアからテラコッタ(素焼陶器)やアラベスクをあしらった寄木細工インタルシオの製造をはじめたり、中国からアラブ諸国に伝わった製紙技術を輸入して最高級紙アマルフィ・ペーパーをすいていた。

嵐で壊滅的な被害を受けた14世紀以降、アマルフィは急速にすたれるが、陸の孤島はそのまま新しい文化を受け入れることなく荒廃し、おかげで当時の貴重な文化をそのまま残すことになった。

19世紀にナポレオンがアマルフィ海岸を征服して以降、道路が整備されて孤島は晴れて大陸とつながった。しかし、イタリアの文化人たちは中世の面影を残す特異の文化と美しい景観を愛し慈しみ、高級リゾートとして保存した。

1997年、この海岸は他に類を見ない独特の文化とその景観が評価されて、世界遺産に登録された。