もうちょっとレベル
歴史あるLe Cirque d'hiver |
訳文3:(1)2匹の芸をよく仕込まれたノミがサーカスで見せ物をやっている。(2)ある日、もう一方に話しかける一匹のノミ。(3)「わたしたちは、悪くないお金をかせいでいる。(4)もうすぐ、自分のために犬をかうことができるだろう」
越智:先生、あれから、悔しいので寝ずに考えました。(笑)そしたら、ひらめいたんです。この文では、「ノミ」が自分が生息するための場所として「犬」を ほしがっているということを!! Onは、人々ではなくって、「私たち」で訳せばよかったんですね。
高野:そのとおり!! ジョークという枠組みの中では「ノミ」がしゃべってもおかしくありませんね。しかも、全体の意味が通じる。Onが誰かも理解できたし、犬が出てくる理由も理解できました(実はこれがいちばん重要!)。こういうのを「わかった」というのです。文法的な理解力は大切ですが、それだけでは不十分。翻訳ではさらにその上の読解力が必要です。
でも、 こうやってステップを踏んで考えたら、自信を持って「ノミ」と訳せるようになったでしょう? ぼくは意地悪じゃないんだから……。たぶん……。
理解ができたら、適切な表現を選ぼう!
Toulouse-Lautrecによるサーカスの絵 |
越智:はい、「かわいい子には旅をさせよ」作戦だったというわけですね。ところで、今度は主語が「ノミ」になると形容詞の「博識な」っていうのがどうも気になったんで、辞書をもう一回引きなおしてみました。するとsavantには「(動物などが)芸を仕込まれた」という意味があるのがわかりました。今度は自信満々です。
高野:これはいいですね。サーカスという文脈の中で正しい方向の訳語を選びました。でも、まだ十分ではありません。
越智:えっ!違うんですか?
高野:このジョークの世界では、ノミは自発的に芸をしているわけです。そう考えると、「仕込まれた」は表現がちがうことに気づくと思います。
越智:そうか。ノミが「犬を買う」という自由があるのに、芸だけ「仕込まれて」いると強制労働のニュアンスになっておかしいってことですね。ノミの自由の問題まで考えないといけないとは、翻訳って奥深いですね。
高野:ここを考えることによって、ノミは奴隷の身(ノミ)から自由の身(ノミ)に。翻訳の奥深さには感嘆するのみ(合掌)。ところで、「サーカスの見世物」という訳はいいですよ。きちんと理解しているから、表現も完璧!
越智:なっ、なんか先生、すごいおやじギャグですね……。まあ、それはいいとして、「見せ物」には、よく気付いてくださいました! なんか、カタカナばっかり使っていると手抜きみたいなので、工夫したんですよ。あと、 Il y a ~の部分も「~がいる」と訳すとなんだか格好悪いので省略しました。この点も、我ながら、完璧な配慮だと思うのですが……。
高野:配慮は完璧ですね。でも、Il y a ~の部分は結果が伴わなかったのが残念。80%まではできているのに……。残りの20%は表現の問題。(2)の部分は「~するノミ。」という体言止めが、この場合は気になります。動詞を使った形に戻しましょう。ただし、「~がいる」ではなく……。
(3)と(4)はセリフとしてはまだ固いので、ノミの芸人になったつもりで表現を考えてくださいね。
越智:はい。なんとか、がんばってみます。
記事前半は、文法・解釈などフランス語の能力がまだまだ発展途上の方を念頭において作成しました。記事後編となる『ガイド、プロの翻訳家に教えを請う!』では、実際にプロデビューできるレベルをめざして文章を練り上げていきます。どうぞ、お楽しみに……。