取引先との打ち合わせ
男女2人の打ち合わせ |
一年前、偶然再会した高校の下級生だった今の妻と結婚してからは、女子からの熱い視線は減ったが、変わらぬ態度で明るく仕事をする人柄は男女いずれからも信頼されている。酒は好きだが、結婚後はめっきり外で飲む回数が減った。料理上手な妻が待つ自宅に帰るほうが健康にも経済的にもいいと分かったのだ。
取引先との酒の席を断るのは難しいが、新婚を理由に許容範囲で部下に役目を託すこともある。商談中に「今度、ぜひ飲みに行きましょう」と酒を誘うのは、一種の社交辞令であり、あいさつのようなものである。相性のよくない相手もいるし、互いの思惑の中で実現したりしなかったりするが、お約束のフレーズであることは間違いない。
取引先は大小さまざまの企業だが、女性の社長や担当者というのも少なくない。特に男女別の対応はしていないが、もとより女性には受けがいい利之は他の担当者がうまくいかない仕事でもやりこなすことがある。いやらしさを感じさせずに男らしさで勝負するのがいい結果につながるのだ。相手が女性でも、他に部下がいたり相手も複数の場合などで、カラオケまで付き合ったりとそつなく付き合う。
初めての取引相手は商談中にさりげなく観察する。お互い様だろうが、会話をしながら相手をある意味で値踏みするのだ。これまではほとんど失敗はなかったので、人を見る目にはそこそこ自信がある。だが、人は見た目や話しぶりだけでは判断できない、いや、してはいけないと大いに反省する事態が発生した。商談がこじれたというだけではない。思いもよらないトラブルに右往左往することになってしまったのだ。
北条瑠璃子は発注コンペ公募に書類審査で受かった5社のうちの1社の社長だった。打ち合わせは利之の部下も同席するはずだったが、たまたま急用で都合がつかず、瑠璃子も1人で来たため応接室で2人だけで話をすることになった。飲み込みも早く、質問も的を射ており、頭の回転の早い人だと感じた。
利之と同じくらいの年齢だろうか、きれいだと誰もが認めるタイプで、手入れの行届いた指先から化粧、服装に至るまで文句のつけようがなかった。大きな目で見つめられるとドギマギする。そのわりには話しやすく、話が進む内に打ち解けてきて、笑い声もあがった。利之は少しばかり舞い上がっていた。頭の中で一瞬、瑠璃子と2人だけでプライベートなときを過ごすことを考えた。
だが、それはあくまでも妄想であり、実現しない絵空事だ。結婚前ならいざ知らず、愛する妻を得てからは他の女性に目移りすることはない。しかし、結婚後も妻以外の女性と関わっている男は少なくない。周囲の2~3人に1人は不倫関係を持っているようだ。利之も将来のことは分からないが、まだ新婚ホヤホヤなのだ。とはいえ、美人を前に心が揺らいだことは事実だった。
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