彼女の失敗
自宅マンションのエレベーター |
結局、抱きつかれただけで、ケガもしていないし、何かを盗まれたわけでもないということで被害届を出すまでもなかったが、自分の名前や住所、電話番号などは訊かれたので正直に伝えた。自分の父親くらいの年配の警察官が、「まあ、近所だといってもね、夜中だし、若い女の子は気をつけなくちゃ。そんな格好しているとねえ、酔った男に余計な刺激を与えるかもしれないからさ」警察官が本当に自分を心配して言ってくれていると思った。
「それからそのイヤホンね。そう。それで音楽でも聴いていたんでしょ? それじゃ男がつけてきても分からないよ。足音も聞こえないでしょ」右手で左腕をさすりながら、保奈美は恐縮していた。 別の若い警察官が無言でチラリと保奈美の上半身を見た。保奈美はその視線を敏感に受け止めていた。妙な考えを持っていない人にも刺激的な服装に思われてしまうのは否定できない。やはり、暑い夜だとはいっても、何か上に羽織って出るべきだったと感じていた。
「えーと、買い物は落ちていたその袋ね。中身は? アイス? あーもうとけちゃったかもしれないね。他には落し物はない? あなた、自宅の鍵は持ってるの?」そう言われて保奈美はジーンズのポケットを探った。「あ、いえ、あのう元々鍵を持たずに出たので」「ええ~? 本当? 危ないなあ。それじゃ、家の鍵は開いたままなの?」「え、ええ」「ちょっとそれじゃ、もしかして泥棒に入られているかもしれないよ?」
部屋まで一緒に行ってくれるという警察官2人と一緒にエレベーターに乗って、4階の自宅まで戻った。当然だが、鍵はかけていなかったのでドアはすぐに開いた。「留守の間に家の中に入られていないか、ちょっと見てみたら」と言われて、警察官たちに外で待ってもらい、室内に入った。特に何も変わりないように見えた。「あ、あのう、大丈夫みたいです」「そうですか。あ、家の鍵は大丈夫?」保奈美はギョッとして下足入れの上を見た。そこにあるはずの鍵はなかった。
あわててそのあたりを探したり、もう一度室内に戻ってバッグの中などを探したが、やはり見つからなかった。「鍵が、鍵がなくなってるみたいです」と、泣きそうになりながら訴えた。保奈美はいつも下足入れの上に家の鍵を置いていた。誰かが玄関を開ければ、すぐに目につくところだったのだ。結局、エレベーターに乗り込んだときに、自宅のある4階のボタンを押していたため、保奈美がコンビニに行っている間、男はそのまま4階に行き、一つひとつドアノブをチェックしてまわったのではないかということだった。
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