美穂の自己防衛
グラスを合わせて |
「やっぱり。でも、捨て身の作戦ね。そこまでしてあなたを陥れたかったなんて。男の嫉妬心は怖いわ。女の嫉妬も怖いけど。でも、誰だってそんな暗いタイプの人じゃいやになりそうじゃない。でもあれかな、あなたへの妬みというか、憧れもあるんじゃないのかしら。あなたのようになりたくてもなれないとか。それにしても、横井文恵さんってなんだかかわいそう」
「元々愛人体質なのかもしれないな。妻子がいるのを分かっていて付き合うっていうのは」
「どうかしらね。それにしてもベタな芝居だわね。陳腐というか。でも、いざそういうことをしようとしたら、結局、ベタな展開しか出来ないものかもしれないわね」
「いやあ、オレも嘘っぽいとは思いつつも、もし本当に具合が悪いんだったら、と思ってね。嘘かどうか分からないからな。まさか、ね」
文恵に抱きつかれたあたりのことはあいまいにしていたが、麻季子はするどかった。
「もしかして、抱きつかれたんじゃないの?」
「う、うん。まあね。でも、すぐに放したよ」
「抱きついたときはお芝居というより、彼女、本気だったんじゃないのかな」
「オレには分からないよ。ヤバイと思ってすぐに突き放したさ」
「いいわよ別に。不愉快だけど、彼女もかわいそうだし。彼女、会社を辞めることになるかしら」
「どうだろう。まあ、来週になれば分かるだろう」
抱きつかれたときの文恵の真剣さというか、捨て身でぶつかってきたことに対して、少々心が痛む思いがした春彦だった。気分を変えるように話題も変えた。
「それよりもさ、いやー、悪いけど、星野さんに男がいたってことがビックリだよ。でも、意外と色気がないと思っても、夫や彼氏にとってだけは色気があるんだろうし、他の人にはそう感じさせないというのはある意味、自己防衛が出来てるってことかもしれない。それに余計なことには関わらない姿勢というか生き方というか、その辺も危機管理的には大切だろ。トラブルを避けるというか。仕事は得意なパソコンでバッチリだし、私生活も趣味が合う相手とバッチリで。なんか上手に生きてるって感じだなぁ」
「そうねえ。結局、連名であなたにチョコを送ったのも社交辞令として、上司と同僚に気を使ったってことだしね。なんだか頭のいい人なのね。自己防衛能力が高いのかも。趣味は人それぞれだし、それが合う人を見つけたってことだけでも上出来よね」
「そうだな。色気のあるなしで女は判断しちゃいけないってことだな。まあ、単に好みの問題で、タレントや女優の誰が好きとかそういうレベルの話だけど」
「私は立川さんと横井さんの関係とか、立川さんの心理とか、人の気持ちの不思議さとか、他人には理解できないものだって思うわ。怖いというか」
「たしかに怖いな。でもま、それが人間ってことかもしれん」
「それにしても、あなたを陥れようなんて」
「だから、ICレコーダーは持っていてよかったよ。北村が写真を撮っていたというのもあっぱれだな。あの2人、楽しんでるみたいだ」
麻季子のグラスが空くと、春彦がさりげなくワインを注いだ。