春彦の自己防衛
ICレコーダー |
「これをうちのヤツに勧められてね。危ない状況になりそうなとき、相手に気づかれないように録音するようにってことで。上着のポケットに入れてさらに集音マイクをつけておいたんだ。まあ、部屋の半分の明かりが消されて暗くなっていたし、向こうも細かいことには気づかなかったんだろう。彼女が明かりを消しているとき後ろを向いていたからそのときスイッチをオンにしてね」
「室長、スゴイです~。なんだかスパイ映画みたい」
詩織が興奮して目を丸くした。北村がすぐにまた春彦にたずねた。
「でも、横井女史が出て行ってから後の、次長との会話はだいたい聞こえたんですが、女史はどうして出て行ったんですか? 前段階の部分はその場にいなかったのでわかんなかったんですよ。全部録音されてるんですよね? 聞かせてもらっちゃマズイですか?」
「うん、まあ止めておこう。彼女もかわいそうなところがあるし。立川だってまさか録音されているとは思ってないだろうからな。彼らの名誉のためにもなかったことにしよう」
「奥様にはお聞かせするんですか?」
「いやまあ、言ってみれば、あの場にいた3人だけの秘密で、こちらの自己防衛の手段として使う必要がなければ無用のものだからね」
2人の質問に答えられるところは答え、立川と文恵のために黙っておいたほうがいいと思えるところは言わずにおいた。それでも若い2人は盛り上がっていた。デジカメで画像を撮ったことにも興奮しているようだった。詩織も携帯電話のカメラで撮っていたが、あまりハッキリとは写っていなかった。
だが、デジカメや携帯電話でこんなにも簡単に写せてしまうこと、また春彦自身も、自己防衛のためとはいえICレコーダーで、重大な場面で会話を録音できたことに空恐ろしささえ感じていた。「盗撮」や「盗聴」という言葉が急にとても身近に感じられた。自分たちは身を守るためにこうした機器を利用したが、悪用しようと思えばまたそれも容易であろうことは簡単に想像できた。
話が一段落したところで、北村が星野美穂について話をした。
「今日、あちらの社に行く用事があって、先輩から預かったホワイトデーのお返しを持って星野さんに会ったんですが、彼女、横井女史から食事に誘われたって言ってたじゃないですか。でも、結局、直前に、同居している彼氏と食事に行くって断ったらしいですよ」
「えっ! 同居って? 同棲してるわけ? 星野さんが?」
「僕もちょっと驚きましたよ。なんかネットで知り合って、趣味が合うとかでもう2年も一緒に暮らしているらしいです。今年、結婚するとか」
「彼女、男がいたの? 信じられないなあ。色気がないからとてもそんなことはないと思っていたけど。へえ~、人は見かけによらないもんだね」
「でも、彼女、しっかりしてますよ。横井さんから近づいてきたのを不審に思って自分から断ったわけですから。当初はやけにきつく当たっていたそうです。それが途中から妙に親しく寄ってきたからおかしいと思っていたようです」
「なるほど。女史が接近してきたのを怪しいと思っていたわけだな。それにしても男がいたとはねえ」
尾行して盗撮 |
家に着くと、息子の翔太はすでに寝ていた。麻季子は数種類のチーズと赤ワインを用意して待っていた。