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会社内で突然、文恵に抱きつかれた春彦。次長の立川がやって来て危険な状況に。しかし、証拠があると突っぱねた。文恵が飛び出して、立川が出て行った後に入ってきた男とは?
動かぬ証拠
大丈夫ですか? |
「先輩。大丈夫ですか?」
「ああ。なんでもないよ」
「今、次長が出て行きましたね。さっき横井女史が出て行ったのと入れ違いくらいに反対側から来てドアの後ろにいたんです」
「じゃあ、立川との話を聞いていたのか」
「ええ」
「そうか。まあ、ということだ。何もなかったということで」
「しっかし、次長ってあんなタイプだったんですね。先輩からしたら、勝手に恨まれてるって感じですよねえ。でも、性格というか、人格の問題のような気がしますけど」
「うーん。まあ、人の気持ちというのは分からないよ」
「結局、やきもちというか嫉妬ですよ。先輩が人望あるから」
「いや、でも、横井さんがかわいそうだな」
「そうですねえ。でも、相手にされないから他になびくってのも、軽いというか。ある意味、かわいそうですけど。この後はどうするんでしょうね」
「分からん。まあ、これ以上のことはもうないだろう」
「先輩、証拠があるって言ってましたけど、あれってハッタリですか」
「いや証拠はある。だが、向こうも知りたくないだろうし、これ以上困らせることもないだろう」
隆二も何度も小さくうなずいた。
「実は僕、これ以上はない証拠を持ってるんですが後で話します。それから、先輩の証拠も教えてください。それより、今日はもう帰りましょうよ。せっかくのホワイトデーなんですから。詩織も外で待機してます」
「そうか。じゃあ、食事でもご馳走するよ。それでちょっと話をしよう」
麻季子にはメールを送った。「無事に片付いた、北村君たちと食事をして帰る」とだけ伝えると「気をつけて」とすぐに返事が来た。
外に出ると、やはり隆二がメールで伝えたらしく、じきに詩織と会えたので、3人でちょっと洒落たカジュアルフレンチの店に行った。店はさすがに混んでいたが、ちょうど帰った客が一組いたので、少し待っただけで席に案内された。スパークリングワインで乾杯すると、ひととき食事を楽しんだ。それから、隆二がやきもきした様子で聞いてきた。
「先輩、僕たちからも話したいことがあるんです。でもそれより、先輩の言う証拠って何ですか」
「うん。それも話すけど、君の言う証拠ってのは何だ。これ以上はないっていうのは」
「じゃあ、僕たちから先に話します。っていうより見たほうが早いです」
見たほうが早いです |
「これは……」
「スゴイでしょう。2人が一緒に歩いている姿です。ホテルに入るところも撮ってありますよ」
画面には立川次長と横井女史が一応周囲を気にしている様子で少し離れて歩いている後姿が映っていた。だが、ホテルに入るところは2人の姿が映っていた。小さい画面でもどちらも知り合いのせいか、コートや髪型、体格だけでも2人であることはすぐに分かった。ズームしてみると顔はハッキリと分かった。
「実はあれから、詩織と一緒に2人を尾行してみたんです。僕たちもやられてるので、どんなものかやってみようって詩織が提案したんです。こっちは服装を変えて、目立たなくしました」
「私も普段の通勤用とは全然違う服装で、多分パッと見には知り合いでも私と分からないと思います。隆二さんも変装して。ウフフ」
「いやあ、先輩のことだから、言ったら止めるように言われるかと思って、黙っていたんです。それにしても、人って意外と後ろを気にしてないんですね。横井さんはそれでも1、2度は振り返りましたが、こちらもカップルだったし、距離を十分にとっていたせいか、全然気づかれませんでした。立川次長は全然気にしてない様子だったし」
「尾行ってけっこう簡単ですね。私ちょっとドキドキしましたけど、面白かったです」
自分たちも尾行されたことがあることを忘れたように言う詩織に春彦はちょっとビックリした。
「で、先輩。さっき、次長が話していたとき、よっぽど、証拠はありますって入っていこうかと思いましたよ。そういう展開にはなりませんでしたが」
「それでよかったよ。こんな証拠を突きつけられたら、彼だって立場がなくなるからな。人はあまり追い詰めちゃいけないんだ」
「先輩が卑怯な真似はしたくないと言っていたので」
「とはいえ自分の身を守るのは自分だからね。こちらとしては自己防衛の手段だ。実は、これなんだ」
そう言って、春彦は胸ポケットから何かを取り出した。