詩織の周辺
個人的には? |
「じゃ、個人的には? お友だちとかで」
「私、彼と付き合っていることほとんど誰にも話していません。元々秘密主義なんです。学生時代からの親友の子たちも適当に彼氏はいるみたいだし、誰も私にやきもちを焼くような感情は持ってないと思いますけど」
「それに、女同士でそんなことをして何のメリットがあるかね」
「まあ、女ならではのくだらない嫌がらせってあるものなのよ。でもじゃあ、女であることは除外していいということかな? となると、詩織さんの周りの男性ということで。もしかして過去の男性とか」
「ええ? 過去の彼氏とかですか? でもあのう、それこそ過去のことで、いまだに私に何かあるなんて人は思いつかないです。学生時代に付き合った人とはもうとっくに終わってるし。新しい彼女が出来たってことはだいぶ前に風の噂で聞きましたし」
「すると、受付であなたに会った人かしら」
「えーでも、そうなるともう数え切れないというか、会社に来た人ほとんど全員ってことになってしまいます」
「その中で、あなたに特別な感情を持っているとか、あなたに興味があるようなそぶりをした人とか覚えない?」
「うーん。受付なのでお取次ぎをしてご案内するだけなんですが。まあ、中には冗談を言う人とかはいますけど。何しろ毎日たくさんのお客様が見えるので、誰って特に思いつかないです。以前はフルネームのバッヂをつけていましたが、個人情報の問題から、去年9月からはつけてないですし」
「だったら、あなたの名前を知っている人ということで限定できるんじゃないかな」
「私の名前を知っているお客様ですか?」
頬を押さえて |
「去年9月以降、お見えになったようなお客様はご存知ない人のほうが多いと思います。それ以前からお見えになっている取引先の人たちの中にはわりといるかも。中には『詩織ちゃん』と呼ぶような常連の人もいますけど」
「会社に来る人はかなり多いぞ。だから受付があるんだから。その中から探し出すのは容易じゃない」
「そこで、その日にラブホテル街近辺で二人を見かけた人となると、かなり範囲は狭くなるんじゃない?」
「でも、相手の顔もこっちは分からないんだからなあ」
春彦が食べ終わったケーキの皿をちょっと手で押しやってから、両手を頭の後ろで組んでソファに寄りかかった。
「その日のその時間にそのあたりにいた人ってことだから、その辺に住んでいる人とか、会社がその辺にあるとか」
「あの辺にあるような会社なんて思いつかないですねえ。って、会社の取引先を全部知っているわけじゃないですが。住んでいるとなると、どうかなあ。あのそばに住宅街はないですよ。大通りを越えてかなり行かないと」
「どちらにしても、探り出すのはちょっと現実的じゃないな」
「じゃあ、来たメールに返事を出すってのはどう?」
春彦、北村、詩織の三人がアッというように麻季子を一斉に見た。