アドレスの秘密
「北村さんのアドレスは、『r_kitamura@』でしょ? うちの人のは『kase@』だけど、高野詩織さんだから、『takano@』『s_takano@』『takano.s@』『shiori@』『shiori_takano@』『stakano@』とか、だいたい考えられるのはこんなものだと思ったの。加瀬という名字はそれほど多くはないから、『kase』だけなんじゃないかな。高野さんの名字は特別めずらしい名前じゃないから。社内にほかにも高野さんっている?」うわぁ |
「つまり、高野詩織さんという名前が分かれば誰でも想像できるってことよね。いくつか試して届くメールがあれば、それだって分かる。会社のホームページを見れば、@マークの後は分かるでしょ。問い合わせフォームとか、URLからだって」
「そうか。あてずっぽうで送ったのかもですね」
「うわぁ。でも、私、今、ゾッとしました。なんで分かったんだろうって」
詩織がハムスターのようにあごの下あたりを両方のこぶしで押さえた。
「姓名の姓か名を入れて『(_)アンダーバー』とか『(-)ハイフン』なんかと合わせたものをいくつか書き出して@マーク以後をつけさえすれば」
「うーん。そう考えると会社の個人のメールアドレスは意外とモロいんだな」
「いずれにしても、彼女が名刺を渡した相手とは限らないということですよね」
「でも、フルネームを知っている人であることはいえる」
「うわー、でもフルネームを知っている人といっても、どれだけいるか分からないですよぉ」
「まあ、そこでまずは男女別から考えてみることからね。北村さんの周囲の人の可能性を探ったのもそこからだから」
「えー? こんなことをするんだから、男ですよね? だって、変な写真を寄越せとか、盗撮とかって」
「あなたのことをよく思っていない女性が、男のふりをして嫌がらせをしたってことも考えられるでしょう」
「女ですかあ? えー、誰だろう。誰が私にそんなことをするかなあ」
「受け付けをやっているというと、男性からモテて同性からはうとまれるってことはありがちじゃないかしら」
「僕は知らないけど、女子社員同士の嫌がらせってないの?」
北村が心配そうに詩織を見た。
「う~ん。特に思いつかないなぁ。友だちの会社では、ランチを一緒に行くのを誘わないとか、ロッカーにいたずらするとか、仕事で嫌がらせばかりするとか。なんか派遣社員の人たちが新入社員の女子をいじめて会社を辞めさせたとかって話も聞きました」
「スゲッ。そんなことあんの」
「うちの会社ではそういう雰囲気はないですねえ。みんな、やさしいですよ」
「俺なんかから見ても、そういうのはないと思うけどなあ」
ケーキを頬張る |
「ホントですよね。でも、うちの会社では本当にそういうことはないです。私がいじめを受けたこともないですし」
「女ってのは怖いねぇ」
春彦がそう言ってケーキを頬張った。皆、思い出したようにケーキに手を出し、紅茶を飲んだ。