防犯/防犯小説

女が夜道でつけられる時(後編)(2ページ目)

夜道で男が背後に迫ったとき、知美は角を曲がって男をやり過ごしたつもりだった。だが、左回りで元の道に戻ったとき、またしても同じ男の姿が! 知美は恐怖に怯える。

佐伯 幸子

執筆者:佐伯 幸子

防犯ガイド

自宅までつけられた!

エレベーターで
エレベーターで
男に向かって言いながら、街灯を超えたところで声をかけたのは失敗だったと思った。男の顔は明かりが逆光のようになって暗く、はっきり見えなかった※10。だが、男からは、自分の顔が明かりではっきり見えるはずだった。男はそれ以上何も言わなかった。「もうつけてこないでください」と言い切って、知美は歩き出した。もうマンションはすぐ近くだ。

自宅マンションのある方向へ角を曲がるべきか否か。後ろをもう一度振り返った。男は先ほどの場所で立ち止まったままだ。(まったくもう。何だって言うのよね)そう思いながら、自宅マンションがある小路を曲がった※11。行き止まりの奥にマンションはある。そのまま敷地内に入り、アプローチを進んだ。古くてもしっかりしたマンションだし、何より静かで緑も多い。オートロックタイプではないことがたった今、後悔している点だった※12。だが今さら遅い。

マンションまで男が来ることもないだろうと思った。さきほど、ああしてはっきりと断ったのだから――。建物の入り口でもう一度通りのほうを見てみると、小路の入り口あたりにはちょうど街灯がないのでよく見えなかった。さすがにもうあきらめただろうと思ってマンションに入った。集合郵便受けをチェックして、何通かの郵便物を手にしてエレベーターに向かった。

ボタンを押してエレベーターに入り込み、自宅のある4階の階数ボタンに続けて「閉」ボタンを押した※13。すると、突然、エレベーターのドアを押し広げるようにして、ドアを強引に開けた者がいた! 先ほどの男が乗り込んできたのだった。アッという間もなく、「閉」が押されてエレベーターが上昇を始めた。奥に押しやられた格好の知美は、背中を向ける男に何を言うべきか分からなかった。すでに自宅階の階数ボタンを押してしまっている。

4階についてドアが開いた。男が体を横にずらして道を空けた。降りるしかないのか? そのまま男と一緒にエレベーターにとどまるのも恐いしどうしようもない。降りて男も一緒に降りてきたらどうなるのだ? だが、知美が降りても、男は無言のままエレベーターにとどまった。エレベーターの前で立ちすくんでいるとエレベーターのドアが閉まり下降を始めた。見ていると途中で止まることなく1階まで降りていった。知美はホッとして自宅に帰りついた。

ぐったりと疲れて、知美は自宅玄関のドアを開けてしっかりと鍵をかけた。「ふう~」大きくため息をついて部屋の明かりをつけた。(何もなかったからもういいや)そう思って、あきらめることにした。奥のリビングルームの明かりもつけて、レースのカーテンだけにしたままの窓辺に近寄って、厚地のカーテンを引いた。ふと外を見てみると、マンション前の小路のあたりに男が立ち止まってこちらを見上げていた。

ハッとカーテンを閉じた。(まだいるっ!)こちらを見上げていたのだから、明かりがついたこの部屋の位置がわかったはずだ。つまり部屋を特定されてしまったことになる※14。知美は大変な失敗をしたという後悔でいっぱいになった。暴力を受けたとかはっきりとした犯行があったとはいえないかもしれない。夜道でつけられて、エレベーターに一緒に乗り込んできたというだけのことだ。だが、知美の部屋を知られてしまった。

その後は、できるだけ早めに帰宅するようにして、コンビニでは立ち読みをせず、夜道は後ろを振り返りながら早歩きをするようになった※15。もう振り返らずにはいられなくなったのだ。あの男と似たような体格や雰囲気の男の姿を見るたびに、ドキッとして不安になってしまう。男がいったい何のために、どんなつもりでつけてきたのか、知美にはまったく分からないままだった。(このまま何もなければいいけれど……)そう怯えている知美だった。


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→注意点解説/関連ガイド記事 p.3
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