必死になる
別れるなんてイヤ |
「でも、僕には、いや君のような女性には僕はふさわしくないと思う。僕にはもったいないよ」
「とんでもない。私がふさわしくないなら、悪いところがあるなら直すから言って欲しいわ。私に不満があるなら言って」
どうも日頃のクセで無難な言い方しかできない謙一だった。だがその回りくどい言い方はますます事態をややこしくした。今までに溜まった不満は一言ではとても言えないし、言うつもりもない。言ってどうなるものでもないし、とにかくもう逸美とは別れたいのだ。
「だから、もうこれ以上君とはつき合いたくないんだ。もう無理なんだ」
「……。分からないわ。理解できない。これまで何も問題はないと思っていたのに」
「それは表面的にはそうかもしれないけど」
「じゃあ、あなたは裏で違うことを考えていたということ?」
「う、いや、だから、色々と考えてみて、やはり君とは合わないと思うんだよ。続けるつもりがないんだ」
「合わないって、これまで半年近くつき合ってきたのに。それに私のお料理も喜んで食べてくれたわよね」
「うん、まあ」
「それに、ベッドでもうまく行っていたじゃない」
「……」
「覚えている? 一番初めに私の家に来たときのこと。あなたは花束を持ってきてくれた。嬉しかったわ。あなたも私たちのスタートを記念に思ってくれたのでしょう? それに、二人でワインを飲んで。私がセカンドバージンだと言ったら、あなたは喜んでくれたわ。それで私は、私たち結婚するんだと思ったの。あなたは私の最後の男なのよ」
(違う。無難な手土産だと思ったから花束にしただけだし、ワインくらい誰とだって飲むし、セカンドバージンだからって、30歳過ぎた女にそんなことを言われても。それに喜んだわけじゃない。ただ適当に光栄だねとかなんとか言っただけだ。そんなことで…)そう思ったが口にはしなかった。
「だが一度も結婚するなんて僕は言っていない」
「でも、私たちお見合いパーティで出会っているのよ? それにどちらも30歳を過ぎた大人だわ。結婚は当然の成り行きでしょう?」
「しかし。だからって。いや、とにかく半年近くつき合ってみて、合わないってことがわかったから、やはり無理だと思うんだ。だから、君ももっといい別の男性を探したほうが」
「私はあなたがいいの。ほかの男性なんて考えられない。もうこの年で、ここまでつき合ってきて、それはないわ」
どうにも話が噛み合わない。
「だから、もう僕には無理なんだ」
「無理って何が? それを言ってみてよ。私は努力するし、あなたの気に入るようにするわ」
「そういうことじゃなくて」
「じゃあ、どういうこと?」
まったく埒が明かない。いったいどうしたらいいんだ?
「ね、つまらないことを考えていないで。帰ってお食事にしましょうよ。それともどこかに食べに行く?」
「悪いけど」
「あら、土曜日なのに何かご用があるの?」
「う、いや。だからそのう」
「さあ、何か言いたいことがあったらちゃんと聞くから。大丈夫よ。私はちゃんと受け止めるし、直すべき所は直すから」
「そう言われても、もうそんな気がないんだよ。本当にすまない。だが、これで終わりにしたい。許してくれ」
「……」
「君には本当に感謝している。素晴らしい女性だと思うし、ほかの男ならきっと君も幸せになれるよ」
「素晴らしい女性と言ってくれるならなんで、そんな無責任なことを言うの? 私はあなたと結婚するつもりでここまでやってきたのよ? 私のこれから先の人生設計はあなたと一緒ということで考えてきたのよ。私たち、条件的にも何も問題はないはずよ」
「でも、結婚する気持ちがない僕とこれ以上つき合っても無駄だろう? それに条件が合っても、ほかが合わなければダメだろう?」
→・頼んで逃げる……p.3