約束はできない
約束はできない |
「だって、今日は土曜日だし」
「うん。そうだけど」
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いや、迷惑じゃないかな」
「とんでもない」
もう帰ってしまうことの方が迷惑だと言いたげに、逸美は熱っぽい視線を向けた。
「せっかく来てくれたのだから」
謙一は視線を逸らして押し黙った。欲求がないわけではない。だが、どうも逸美とはいまいち相性が合わないような気がしている。
「いや、そりゃ僕も男だし」
逸美は謙一を見つめたまま頷く。
「でも、僕は今の段階では何も約束できない」
「そんなこと。約束なんて必要あるかしら」
「お見合いパーティで会ったとはいっても、まだ結婚を決めたわけじゃないし」
「もちろんだわ」
「君とそういう関係になることに自信がないんだ」
「何もそんな…」
「いや、僕だって男だから、もちろん気持ちはあるけど」
謙一の言う気持ちというのは、単にセックスをしたいということだった。逸美には、その前の「男だから」の部分は聞こえなかった。「私も気持ちはあるのよ」とだけ答えた。肉体関係を持てば、男は自信も責任も持つことになるだろうと逸美は考えていた。
だが、謙一はお互いにただ性的欲求だけで結ばれるのなら、責任を持つことにはならないだろうと思っていた。つまり二人の間にはまったくの誤解があった。それでも、男女とは不思議なものだ。互いにそれぞれの思惑で自分なりに納得したのだった。謙一からすれば、30歳を過ぎた大人なのだから一度の肉体関係で互いを束縛することにはならないだろうと思っていた。
ところが、逸美はこれが二人の始まりになるのだと思っていたのだ。逸美は謙一の手にそっと触れた。最初に会ったときから好きな手だった。謙一はそれを合図に逸美の方に向き直ると、遠慮がちに唇を触れた。そして、次第に強く逸美を抱きしめていくと、逸美も情熱的にそれに答えた。
逸美がかすれた声で言った。
「隣の部屋に…」
もつれるように立ち上がって寝室に行き、ベッドに倒れ込んだ。シーツもカバーも新品でもちろん洗濯してある。ベッドランプはほんのり明るい程度でかなり暗かった。謙一はもう余計なことを考えている余裕はなく、ただ欲望に従っていった。
→・セカンドバージン……p.4