合わない趣味
CDの趣味が合わないと… |
「もしかして、肉じゃがとかの和食とか普通の家庭料理がよかった?」
「あ、そういうのも作れるんだ」
「もちろん。じゃあ、次回はそういうのを用意するわ」
逸美としては、これで次回もあると思った。実は、謙一が好みそうな料理ではなくわざとイタリアンにしていたのだ。初めから家庭料理的なものではあまりにもわざとらしい。こういう料理も作れるというアピールと、次の機会には好みの料理を用意すればさらに点数が上がると読んでいたのだ。
「次回」という言葉が謙一には面白かった。次があるかどうかはまだ分からないじゃないか、と思っていた。それでも酒が入って、お腹も一杯になってくるとリラックスしてきた。皿を下げてから、
「音楽はどんなのがいい?」
と逸美がCDを選ぼうとした。
CDの棚を見るために謙一も立ち上がって逸美と並んだ。謙一が絶対に聴かないラインナップだった。
「ふぅん。何でもいいよ。君の好みで」
「そう? じゃこれが最近、気に入っているんだけど」
選んだCDは、やはり謙一の好みとは違っていた。
「コーヒーがいい? それともお酒?」
「うーん。それほど酒に強くはないからな」
「じゃ、コーヒー?」
「うん。そうだね」
イタリアン料理に合う深いローストのコーヒーを用意した。食事を終えて、これからが問題だった。
酒には強くないと言っても、二人でワインを一本空けていた。当然、酔いはある。謙一は料理をご馳走してくれたことはありがたかったし、それなりに楽しく過ごせたことはよかったと思っていた。しかし、逸美とは趣味が違い過ぎると思っていた。
逸美が洗面所で歯を磨いてきた。謙一がトイレを済ませて出ると洗面台には新しい歯ブラシが用意されていた。
「あ、その歯ブラシ使ってね」
「あ、ありがとう」
と言いながら、謙一は逸美の用意周到さに驚いていた。こんな気配りは男によっては嬉しいのかもしれないが、どうも馴染まない。
部屋に戻ると、謙一は立ったまま言った。
「じゃあ、そろそろ」
「えっ?」
逸美は動揺した。予定では逸美のもてなしを喜んだ謙一が、自分を誘うと思っていたのだ。女の家に来て、手料理を食べるということは、つまりそういうことではないのか?
→・約束はできない……p.3
→→・セカンドバージン……p.4