夜明けの苦悩
ミサキは下を向いたままである。K介は、いくら引き出されるのかと頭がいっぱいで、ミサキのことはもうどうでもいいと思った。
(やっぱり最初見たときから、ヤバそうに思ったんだよ。元ヤンどころかそのまんまじゃないか。彼女もどうせ仲間なんだろうな。やけに勤務先を知りたがったり、さっさとベッドに誘ったり。それにテレクラで電話していたときだって、結婚してる男がいいとか言って。独身じゃ脅しも効かないってことか。ああ、やっぱりオイシイ話なんてないってことか…)
あれこれと考えていると、ナカニシの携帯電話が鳴った。
「おう。うん。それで? おお、いいじゃん、それで。待てよ。タケダさんに確認しよう。ねー、タケダさん、35万あるってことだから、オレとしてはそれでよしとするよ。何か問題あるかな」
「いや…」
「よし。じゃ、それでいこう。もしもし? うん。それでいい。じゃ、急げよ。なぁ、タケダさん、オレだってエリートサラリーマンを一人、社会的に葬ったところで気持ちが晴れるわけじゃない。ミサキが言うには、時間もアッという間だったらしいし。ハハハ。いや、だがオレは許しているわけじゃないぜ。事実は事実。どちらも認めて、あんたは誠意を見せる。いやー、実に明快。オレも、大声を出してもいないし、手も出していない。大人の話し合いだ」
もう一人の男が戻ってきて、カードをK介に返した。ナカニシが二つ折りにした現金の束を掴むと、4人は部屋を引き上げることになった。ミサキは最後までK介の目を見ず、逃げるように出ていった。ナカニシは、K介に声をかけた。
「タケダさん、何か言いたいことがあるかい?」
「いや。何も」
「後になってガタガタ言っても知らないぜ。この3人が証人だ。話し合いが行われて、紳士的にことが運んだ。あんたにも一切文句はない。これ以上、何もない。ま、何かあったらあんたの会社に尋ねて行くよ。じゃな」
一人、ホテルの部屋に取り残されて、K介はベッドに座り込んだ。今、起きていたことにまるで実感が湧かない。だが、キャッシュカードの明細書の残高は3桁になっている。つまり、札はすべて引き出されたのだ。ほぼ1ヶ月の手取り給料全額だった。この先、どうしようかと考えた。妻に事情を知られたくはない。だが、金がなくなった理由も言えない。すでに夜明けの気配が広がっていたが、まったく眠気はなく、ひたすら悩み続けた。
(絶対に彼女はグルだ。それに考えたら、ラブホテルじゃなくてシティホテルをと言ったのは、ヤツらが入ってきやすいようにということだったんだろうな。ちきしょう。ハメられた…。これは恐喝じゃないか? いや、しかし、証拠がない。警察に言うこともできない。それより、これで済むんだろうか。もし会社にでもやってきたらどうしよう? ああー、どうしたらいいんだ…)
手の打ちようがないと思った。妻への言い訳も思いつかなかった。まんじりともせず、明るくなった窓の外が違う世界のように感じられて、ノロノロと着替えると部屋を出た。フロントに鍵を返すと、疲れ切った体で会社に向かって歩き出した。
【連載第7回】テレクラの甘い罠~妻の覚悟 に続く
【連載第1回】テレクラの甘い罠~夫の言い訳
【連載第2回】テレクラの甘い罠~女からの誘い
【連載第3回】テレクラの甘い罠~シティホテル
【連載第4回】テレクラの甘い罠~インザルーム
【連載第5回】テレクラの甘い罠~深夜の訪問者
【連載第6回】テレクラの甘い罠~夜明けの苦悩
【連載第7回】テレクラの甘い罠~妻の覚悟
【連載第8回】テレクラの甘い罠~ヤツらの最後