大人のテクニック
次から次へと、問いかけが続き、答えざるをえないような話だ。さりげなく相手を持ち上げて、気持ちよくさせる会話術である。男は63歳。3年前に役所を定年でやめて、今は嘱託の身分で役所勤めをしている。それなりの大人ならではの会話のテクニックに、たかが十代の少女がかなうわけもない。「そんなことないですよー。妹のほうが頭がいいんで、親はあっちに期待しているみたい」
「ほう。妹さんがいるの。あなたはきっとやさしいお姉さんでしょう」
「いや、妹はナマイキなんでー。でもわりと仲はいいほう」
「いくつ違うの」
「二つ違い。今年、高校受験なんで、今、勉強が大変みたい」
「そう。じゃ、あなたは高二か。受験は来年だね」
「そうなんですよ。ちょっとマジにならないと」
「英語が得意なら、国語もいいでしょう。すると文系かねぇ」
「あ、理数系よりは文系ですねー。どこか英文科とか、行ければいいなと」
「あなたなら、大丈夫でしょう。国立大でも有名女子大でも。県外に出るつもり?」
「あー、できれば東京か大阪に出たいですね。ひとり暮らしもしてみたいし」
聞かれたからといって、そんなにペラペラ個人情報を話しては…。何も考えていないのでしょう。頭を使わないと…
二度と会わない?
タクシーの運転手が聞いていても、何の問題もない会話である。そして、○○駅が近づいて、少女が停まるところを指示した。「あ、スミマセン。あのコンビニの前で停めてください」
「あのお店の前? なんだか子どもがたくさんいるね」
「隣のビルに学習塾があるんです。妹が通っているんで、一緒に帰れると思うので」
「そう。それじゃ、気をつけてね。運転手さん、あそこで一人降りますから停めてください」
タクシーが停まると、さっさと降りようとする少女の手を急につかんで、
「また会いましょう。連絡しますよ」
と、男は言葉をかけた。
少女はまた会う気などさらさらないので、照れ笑いのように困った顔をして、腕をふりはなした。
「どーも。さよなら」
コンビニに飛び込んで、外を見るとタクシーは走り去っていった。
(あー、かったるい。二度と会わないよーだ)
しかし、男はまた会えるつもりでいた。(自分は感じの良い大人であっただろう。無理も言わなかったし、少女のことを色々と誉めてあげた。彼女も気に入ったに違いない。素直に答えていたのがその証拠だ。腕をふりはなしたのは運転手の手前、恥ずかしかったのだ。さて、次はいつ会うようにしようか)勝手に想像して顔がゆるんでいた。
自分にいいようにしか考えない、ある意味幸せな人?
男は世慣れた会話のテクニックで、少女に関する情報をかなり得ていた。タクシー内の会話ですでに、少女の「学校名」「学年」「二つ下の妹がいる」「妹は今年高校受験」「妹の通う学習塾の場所」などの個人情報をしっかりと頭にインプットしていたのである。
だが、少女とまた会えると信じて疑わない男は、自分がそれらの情報を駆使して、将来少女を苦しめることになるとは、やはりまだ想像だにしていなかった。
【連載第3回】出会い系サイト~少女の拒絶に続く。
【連載第1回】出会い系サイト~少女の誤算
【連載第2回】出会い系サイト~男の手練
【連載第3回】出会い系サイト~少女の拒絶
【連載第4回】出会い系サイト~男の執念
【連載第5回】出会い系サイト~少女の後悔
【連載第6回】出会い系サイト~男の代償
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