定時退社しろと言われても仕事が終わらない……4割が苦悩するジタハラの実態
「残業はできない、でも仕事量は変わらず」…終わらない仕事を抱えて苦悩する人のストレスはとても深刻
定時退社が奨励されて残業が少なくなることは、とてもよいことのように思われます。しかし、仕事の量が変わらないのに「定時で退社しろ」と命じられ、ストレスを感じる労働者の声も聞こえるようになりました。
形式的には定時退社に従いつつも、仕事が終わらないのでサービス残業をせざるを得ない。休憩時間を削って仕事をせざるを得ない。「売り上げが落ちた」「目標数値に届かない」などの結果だけを見て叱責される……。このような状況に直面し、困惑する人が増えているためです。
株式会社高橋書店が、2017年11月に730人の働く人を対象に行ったアンケート調査によると、働き方改革に取り組む企業で、働く人の4割が「働ける時間が短くなったのに、業務量が以前のままのため、仕事が終わらない」という悩みを抱えていることが分かりました。
事業場内にワークスタイル改革への施策がないのに、「定時に退社しろ」「残業するな」と一方的に命令されることは、現場で働く従業員にとっては非常に大きなストレスになります。こうした現象を、「ジタハラ」(時短ハラスメント)と呼ぶ向きもあります。
「ジタハラ」は、厚生労働省が提示するパワーハラスメントの類型における「過大な要求」に該当する可能性があります。残業ができないのに仕事量は変わらず、ノルマを達成できないことが、個人の努力不足によるものと見なされる――。これはすなわち、「業務上遂行不可能なことの強要」と捉えられる可能性があります。
企業が残業削減を目指す理由は「長時間労働の是正」
「時短ハラスメント」を理解する上では、企業や組織が昨今、なぜ急に「定時で帰れ」「残業をするな」と命じるようになってきたのかを理解しておくことが必要です。この背景にあるのが、「働き方改革関連法」の中核課題の一つである「長時間労働の是正」です。働き方改革関連法案の成立により、労働基準法の「36協定」の運用が見直され、残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間とされ、臨時的な特別の事情がなければ、これを超えることはできなくなりました。
臨時的な特別な事情がある場合でも、時間外労働の上限は年720時間、単月100時間未満(休日労働を含む)、2~6カ月平均80時間(休日労働を含む)とされます。違反した場合、罰則が課せられます。2019年4月から順次施行されています。
では、今なぜ長時間残業の是正は、これほどまでに厳しくなっているのでしょう? そもそも、働き方改革関連法の成立の背景には、日本の人口の急激な減少の予測があります。総務省の調査によると、2017年11月1日時点で日本の総人口は1億2,671万4千人でしたが、2060年には9,000万人を割り込み、高齢化率(全人口に占める65歳以上の割合)は、40%近い水準になると予測されています。
こうした現実を受け、国民が長く働けるようなしくみをつくることが急務になりました。高齢者や子育て中の人、介護中の人、持病のある人にも労働に参加してもらい、長く働きやすい環境をつくること。過労死や過労自殺が発生するような環境をなくし、誰もがほどよいペースで働けるようにすること。正規職員と非正規職員との垣根をなくし、同じ労働を行う人には同じ賃金を支給すること。これらは、長期的、安定的に労働力を確保する上でも急務と考えられるようになったのです。
なかでも、長時間労働の是正は、超高齢化社会が進展する時代においては避けられない課題であり、法律で厳しく取り締まるようになりました。したがってこの先、企業や組織は定時退社をベースに労働環境を整えていかざるを得ません。
押し付けはダメ! ワークスタイルの根本的な見直しが必要
本当に働きやすい職場、労働条件とはどのようなもの?「働き方改革」の本来のねらいを考えてみよう
本来、働き方改革の目的は「働き方」、つまりワークスタイルを改革することです。無駄な残業につながる作業の負担を減らし、スタッフ間で業務量に格差が生じないようにすること。そして、創造的、生産的な仕事に注力できるようにすること。このように、残業が発生しやすいワークスタイルを根本的に変えなければ、「働き方改革」の意味がありません。
事業主が「残業は月45時間までにせよ」と指令するだけ、管理職が指令を従業員に押し付けているだけでは、従業員がストレスを抱えるだけで「ジタハラ」になってしまいす。したがって、企業や組織は、働き方改革関連法に従うと同時に、定時退社で仕事が終わるワークスタイル改革に全力で取り組む必要があるのです。
働き方改革は従業員も主体的に考え、取り組むことが必要
また、働く人一人ひとりの意識改革も重要です。そもそも、定時終業や残業削減を厳しく言われているのは、企業・組織がコンプライアンスに積極的であるためです。「残業するな」という指令を「ジタハラ」という捉えるだけでは、働き方改革の意味を理解できなくなります。事業主や管理職も、「コンプライアンスと生産性」という2つの課題の両立に頭を悩ませているのです。働き方改革の運用を会社任せ、上司任せにしているだけでは、現場が働きやすいしくみができるかどうか分かりません。残業を減らして生産性を向上させるために、現場として何ができるのかを、働く側も考え、提案することが大切です。
働き方改革で可能になるのは、仕事を通じて健康で持続的な生き方、ワーク・ライフ・バランスの実現です。ぜひ、「残業をするな」という指令を「ジタハラ」という切り口のみで捉えず、職場のみんなで長く健康的に働ける方法を考えていきましょう。