司法書士はAIによって現在の仕事の半分がなくなる?
AI(人工知能)によって司法書士の仕事は奪われるのか?
「そもそもAIとは何なのか」を説明したうえで、現実的に司法書士の仕事が奪われる可能性を考えていきます。
前提として、現状では「司法書士の業務を代替できるAI(人工知能)」は存在しませんし、「司法書士資格を有さない人がAIを活用して司法書士の仕事をできるようにする」という法改正が検討されている、といったこともありません。
よって、この記事で考えていくのは、「将来、AIの発展によって司法書士の仕事が奪われる現実的な可能性」です。今後は、どのような職種も、この問について考えることが迫られます。
<目次>
「AI(人工知能)」とは? 3つに分類して解説
最近は、あちこちで「AI」「AI」と聞く機会が増えましたが、一般に「AIとは何なのか」という共通認識はできていないと思われます。AIだと誤解されているものも含め、「AI」と呼ばれることがあるものを私なりに以下の3つに分類しました。1.「インプットされた命令を命令通りにこなす」機械
たとえば、パソコンの文字入力に「単語登録」という機能があります。私は、この記事を書くにあたって、「AI(人工知能)」と何度も記載するので、事前に「えーあい」と入力すれば「AI(人工知能)」と変換されるように単語登録をしました。
これは、近年注目されているAIではありません。コンピューターが単にインプットされた命令通りに動いているだけです。これをAIとしてしまうと、電卓もAIだということになってしまいます。電卓はインプットされた命令通りに計算をしているだけです。
2.「自ら学習する」機械
有名なものに、Googleなど検索エンジンのアルゴリズムがあります。検索エンジンは、ウェブ上の膨大なページのHTMLを読み取り、入力されるキーワードごとにユーザーが欲しているページを考え、順位付けをして表示します。
たとえば、「司法書士試験」という言葉で検索すると、司法書士試験の勉強法を詳しく説明したページではなく、司法書士試験の日程など基本的な情報を記載したページが上位に多く表示されます。これは、検索エンジンのアルゴリズムが、「”司法書士試験”というキーワードで検索する人は”そもそも司法書士試験ってどんな試験?”ということを調べたい」と考えていると推測されます。
上記1.の「インプットされた命令を命令通りにこなす」機械との違いですが、Googleなどの社員がキーワードごとに「司法書士試験→そもそも司法書士試験ってどんな試験?」と入力したわけではありません。アルゴリズムが自ら学習して獲得した特徴なのです。機械が自ら学習していくわけであり、これを「表現学習」「特徴表現学習」などといいます。
これが、近年注目されているAIです。そして、この学習の仕方の1つが、AIの世界に革命をもたらすのではといわれている「ディープラーニング」です。
3.「ドラえもんのような」機械
AIというと、「人間のように動き、考え、感情を持つ、ドラえもんのようなもの」を想像する方も多いようです。体を持っているかは問わないのですが、たしかに、AIの発展によってドラえもんのような機械ができるという主張もあります。
最も恐れられているのは、AIが「自分よりも優れたAIを開発すること」です。AIが自分よりも少しでも優れたAIを開発できるようになれば、無限に高度のAIができていくので、想像できない知能が生まれることになります。
しかし、ドラえもんのような機械ができることは、上記2.の「自ら学習する機械」とは別次元の問題です。人工知能の世界でも、まだこれは非現実的であると考えるのが一般的だと思われます。
では、上記の3分類を基に、「AIによって司法書士の仕事は奪われるのか?」を考えていきましょう。
結論=AIは司法書士の仕事を奪わない
司法書士の業務には、「登記業務」「裁判業務」「後見業務」などがあります。この記事では「司法書士の仕事がなくなるのでは?」と指摘されることの最も多い「登記業務」に絞って考えていきます。それ以外、たとえば「後見業務」はAIによって奪われることはない、と考えられています。後見業務とは、たとえば、認知症で判断能力が弱くなったお年寄りの後見人となり、代わりに財産管理などを行うことです。
機械的な仕事ではなく、老人ホームへの訪問、家族との連絡、日用品を代わりに購入する、などの仕事もありますので、AIが代わりにできることではありません。上記3.の「ドラえもんのような」機械ができれば別かもしれませんが……。
登記業務に絞って考えてみると……
「登記業務」にも様々なものがありますが、最も基本的な不動産登記の「売買を原因とする所有権の移転の登記」を例に考えていきましょう。「マイホームを購入する」場面をイメージしてください。
「家を売りたい」という人と「家を買いたい」という人がいて、お互いが納得し合意すると(売買契約が成立すると)、家の持主が買主に変わります(正確にいうと、建物と土地の所有権が売主から買主に移転します)。
このような家の売買があると、売主から買主への売買を原因とする所有権の移転の登記の申請を、法務局(法務省の地方機関)という役所にします。この際「申請情報」と「添付情報」を出す必要があります。
簡単にいうと「申請情報」とは、申請人が求める登記の内容(こういう登記をしてください)、「添付情報」とは申請情報だけでは信用できないので「正しい登記ですよ~」と伝えるためのものです(具体的には印鑑証明書や住民票の写しなどが当たります)。
司法書士は、お客様から聴取したり契約書をチェックしたりして、どのような登記をするかを確定し、申請情報を作成し添付情報を集め、お客様の代わりに法務局に登記の申請をします(※)
※実際の業務がこれらに限られるわけではありませんが、この記事では主要部分に絞って説明していきます。
専門知識のない人とのコミュニケーションは相当困難
では、これらの仕事をAIが行えるかを考えてみましょう。上記1.の「インプットされた命令を命令通りにこなす」機械は、実は既に司法書士の登記業務に導入されています。申請情報の作成ソフトがあり、売主・買主の氏名(名称)・住所や不動産の情報などを入力すれば、申請情報と添付情報の一部の作成は自動で行われます。
よって、問題となるのは、上記2.の「自ら学習する」機械が司法書士の仕事を行えるかどうかです。AIが司法書士の仕事を代わりに行うには、たとえば、以下のような流れとなると考えられます。
Web上または法務局にAIを設置する
↓
(2)利用者自身が、Web上または法務局に設置されたAIに話しかける、または必要な情報を入力する
↓
(3)AIが音声・文字・映像などで利用者に問いを発する。利用者がそれに返答する。この「問い」と「返答」を繰り返す中で、AIが何の登記をすべきかを確定する。
↓
(4)AIが申請情報を作成し、添付情報をオンラインで収集する。
この一連の作業のうち、まず、(4)が現状ではできません。添付情報のすべてが電子化されていないからです。たとえば、戸籍謄本は電子化されていません。
そして(3)の部分が相当難しいでしょう。たとえば、売買で不動産を取得した買主が、「売買で取得した」と言ってくれればいいのですが、「家を手に入れた」といったり、「家をもらった」といったりなど、様々な返答が考えられます。もちろん、AIは自ら学習するわけですから、利用者が「不動産を手に入れた」と言っても、「手に入れた」は「売買」「贈与」のどちらかの場合が多いことを学習しており、「手に入れた」と言われたら「売買」と「贈与」のボタンを表示する、という対処が考えられます。
このような絞り方のパターンの大部分を学習したうえで、Web上または法務局にAIを設置するでしょう。しかし、そこまで学習できても、利用者が言い間違いをしたらどうなるでしょう? たとえば、不動産を購入したのに「不動産をもらった(=贈与)」と言ってしまったら、間違った登記がされることになります。
例にしたのは、最も単純な「売買」ですが、相続関係の登記になるとさらに複雑です。たとえば、遺言書に「相続させる」と書いても、相続を原因とする所有権の移転の登記はできず、遺贈を原因としなければならない場合もあります。
ある程度の登記の知識のある人間、たとえば、司法書士や司法書士試験の受験生の方がAIを使えば別ですが、登記の知識のない方とAIのコミュニケーションだけで、間違いのない登記を完了させることは非現実的です。
また、上記では、AIによって代替できる可能性を考えるためにあえて説明しませんでしたが、「当事者が司法書士の関与なく『登記申請をしよう』という発想になるか、話がまとまるか」「住宅ローン融資がからむ場合(銀行などが一千万円単位の融資をしている場合)に、司法書士の関与なく登記申請をすることを銀行などが認めるか」など、その他にも様々な問題があります。
なお、上記3.の「ドラえもんのような」機械までが登場すれば、司法書士の仕事は奪われると思います。これは、人間のように動き、考え、感情を持ち、相手の感情まで把握できるAIです。これができれば、条文・判例・先例などをインプットしたうえで、人間のようにお客様とコミュニケーションが取れるわけですから、司法書士は不要となるでしょう。
しかし、「ドラえもんのような」機械ができれば、人間の仕事はほとんどすべて不要となるので、現時点でこれを想定する意味はありません。
AIは司法書士業務の強力な武器になる
しかし、AIは司法書士の業務の「強力な武器」になると考えられます。上記のように、間違った方向にいく可能性もありますが、一定レベルの相談業務を行えるAIは開発されるでしょう。たとえば、お客様が司法書士事務所のWebサイト上でAI相手に相談して、見積もりを出してもらってどの司法書士に依頼するか判断する、という使い方が考えられます。
また、AIは司法書士よりも膨大な量の条文や先例の知識を入れることができ、その検索能力が今よりもはるかに上がると思われます。しかも、人間と違って忘れることがありません。知識のある司法書士がAIを使えば、これまで時間をかけて調べていたことが即座にわかります。
さらに、検索力の向上は不動産登記の調査にも大きな力を発揮するでしょう。全国にある不動産の情報を様々な角度から瞬時に検索できるようになると考えられます。たとえば、あるお客様の氏名を入力するだけで、そのお客様が所有する不動産はもちろん、親族が所有する不動産や関係した取引の不動産が表示され、さらに氏名が1文字違って登記されている不動産も「この不動産も、この人の不動産ではないですか?」と表示される、などのことが考えられます。
このように、AIは司法書士の業務の効率を高めるものとなるはずです。よって、「司法書士とAIは共存していく」、これが現実的な線だと思います。
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