病気になったからこそ分かる「大切なこと」

病床にて

病気になると、元気に働いていたときには気づかないことが見えてくる

病気は神様から与えられたギフト」――こんな考え方があります。健康を当たり前と感じているとき、自由に動くことができるときには、自分にとって「いちばん大切なこと」の存在に気づきにくいものです。たとえば、自分の痛みに寄り添い、困ったときにフォローしてくれる人の存在、安心して暮らしていくだけのお金や住まい。健康なときには、毎日こうしたものの恩恵を受けていながら、それらに守られているという幸福には気づきにくいものです。

しかし、病気になると、そうしたものたちの大切さを身にしみて感じるようになります。病んでいる自分に家族や友人はどのように接してくれるのか。パートナーはどんな言葉をかけてくれるのか。そうした対応の一つひとつを、敏感に感じ取ることができます。

つらい病にはなりたくない。でも、その中で知ることもある

たとえば、乳がんで闘病中の小林麻央さんと夫の市川海老蔵さんのブログを見ていると、「がん」という重い病に2人で向き合うことで、夫婦や家族のきずなの大切さ、日々の一瞬一瞬を味わいながら生活することの大切さを実感されている様子が、ひしひしと伝わってきます。麻央さんのブログに「がんにはなりたくなかった」「この先何十年でも生きていたい」と綴られているように、がんの闘病には本人にしか分からないつらさがあるでしょう。しかし、重い病を体験したからこそ、初めて生きることのすばらしさ、支えてくれる家族の愛情を深く感じられる――このこともまた事実だと思います。

逆に、家族や友人が病んでいる自分を大切に扱ってくれないとき、とても大きなショックを受けるものです。つらいときにこそ、優しい言葉をかけてほしい、温かい安心感をあたえてほしい。しかし、家族がそうした対応をしてくれないと、家族との間で関係性を十分に温めてこられなかった事実に直面することになるかもしれません。また病気をすることによって、働けなくなったときに必要なお金や、病いにかかっても安心して暮らせる住まいがあることの大切さを初めて知る人も多いでしょう。病気は、そうしたことを振り返り、見直す契機になるものです。

「大切なこと」へのアプローチを始めてみよう

千羽鶴を送る

病床のあなたを気遣ってくれる人を大切にしていますか?

健康なときには気づかないことが、病気になって初めて見えてくる。病はその大切なことを知らせてくれるサインです。

人間には、痛みを感じないと気づかないことがたくさんあります。病気を通じて大切な人との関係を温め、よりを戻す努力をするようになった人や、病気になった後、お金や生活環境の大切さが分かり、無駄遣いをせず、家を守って生きていこうと決めた人もたくさんいます。

場合によっては、取り戻せないものもあるかもしれません。しかし、その「底つき感」のなかで出遭った経験、新しい人との出会いが自分を大きく変えてくれることもあるのです。

精神の病は、新しい自分を生む「創造の病」?

ところで、特に精神の病は新しい自分に生まれ変わるための「創造の病」と言われることがあります。

これは、エレンベルガーという精神医学者による説です。彼は、人間が長期間、思索や知的作業に集中するなかで強い抑うつや神経症的な症状を発症し、その先に、突然、普遍的な真理を発見し、苦しみから脱却できることを「創造の病」と名付けました。

たとえば、深層心理学の巨匠であるユングは、師匠のフロイトとの考え方の相違を感じて、彼と袂を分かち、独自の心理の探究を始めました。そして、その後にたくさんの神経症的症状に見舞われました。ユングは、こうした苦しい闘病の期間を経たのちに、自らの生きる意味を知り、分析心理学という新しい心理学理論を確立することができたのです。

この例のように、何か深く自分と向き合うような体験をされた方は、抑うつなどの症状に苦しむことも多いと思います。しかし、「夜明け前がいちばん暗い」という言葉があるように、その苦しさの底から解放されるときが必ずやってきます。だからこそ、あきらめずに歩き続けていきましょう。
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