もしイライラや怒りを感じなかったらどうなるか

イライラするビジネスマン

仕事でもプライベートでも、イライラすることは多いもの。大切なのは怒りやイライラする気持ちを否定せずに、必要なものとして認めて付き合うことです

「イライラをなくしたい」「怒りに振り回されたくなりたい」と思っている方は多いのではないでしょうか。怒りやイライラした感情でいることは、それ自体が苦痛です。やりたいことがあっても、怒りやイライラにとらわれたままでは、なかなか目の前のことに集中できなくなってしまうものです。頭では、「怒っても仕方がない」「イライラしても解決しない」と納得しようとしても、やはり気持ちと折り合いがつかず、余計にイライラがつのってしまうこともあるかもしれません。

しかし実際、これらの感情は余計で不要なものなのでしょうか? もし、怒りを感じない人間がいたとしたら、その人はどんな行動をとるのか想像してみてください。怒りを感じないのですから、余計な感情にとらわれることがなく、仕事も極限までできるかもしれません。普通の人なら言い返したくなるようなクレームにも対応でき、職場での理不尽な出来事にも余計なことを考えずに対応できるかもしれません。そして自分にばかり仕事が回ってきてもイライラせずに仕事を淡々とこなし続けるかもしれません。しかし、このような状態は長く続くでしょうか? 心では何も感じなくても、ある時体力の限界がやってきて、ばったりと倒れてしまうことは容易に想像できますね。

つまりイライラや怒りなどの一般的に「負の感情」と呼ばれるものは、自分に危機が迫ってきた時に、自分自身をいち早く守ろうとする感情でもあるのです。そのため、怒りを全く感じなくなってしまうと、自分の身を守って健康的な生活を送ることができなくなってしまいます。悪者にされがちな感情ではありますが、「怒りをなくそう」「怒りを消そう」とやみくもに取り組むことは、あまり良い方法ではないといえます。

本当に不要なのは「イライラしたくない」と思う二次的感情

イライラしているときに「もうイライラしたくない!」と考えるのは、苦痛なことです。「こんなことでイライラしている自分はダメだ」「またイライラしてしまって情けない」「怒りは抑えなくてはならない」「相手に怒りを感じるのは間違っている」などの考えが同時に出てくるでしょう。これらは、最初に「怒り」を感じた後に出てくる感情であるため、「二次的感情」と呼ばれています。怒りが続いているときは、このような二次的感情の影響がとても大きいことが分かってきています。

例えば、帰りの電車などでボーッとしているときに、その日に起こった嫌な出来事を思い出してしまうことは誰でもあると思います。「なぜ自分だけがこんなに仕事を振られるのか?」「あいつは、何も努力していないのに評価されている」などの気持ちがふっと浮かぶかもしれません。その際に、「こんな小さな事で悩むのは嫌だ」「こんな事でイライラしてもしょうがないのに」「これくらいのことでイライラしてしまう自分はやっぱりだめだ」という感情が一緒に出てきてしまうのです。そうすると、この怒りはますます大きくなっていきます。

また、イライラを発散させたいと思って、アルコールやタバコ、カラオケなどで気を紛らわせようとする人も少なくないかもしれません。このようなストレス発散方法は、ある程度は有効ですが、これらにばかり頼ってしまうのは危険です。ストレスが少しでも溜まっていると、すぐにこのようなストレス発散方法を取りたくなります。さらに、ストレスが溜まっていることに敏感になっていくのです。
 
 
 

「怒り」を正しく承認するために有効なマインドフルネスとは

そもそも感情自体には本来、「良い/悪い」はありません。怒りも同じです。これまでみてきたように、怒りを排除しよう、なくそうとすることで余計に気持ちが荒れて、悪循環に陥ってしまうのです。この悪循環から抜け出すためには、全く逆の方法を用いていく必要があります。

この方法が、近年注目されている「マインドフルネス」と呼ばれるものです。マインドフルネスとは、ストレスマネージメントの方法の一つで、そのルーツは瞑想にあります。

マインドフルネスでは、自分が持っている「怒り」に対して、優しさをもって関わっていくことになります。例えば、「なぜ自分だけ、こんな仕事を押し付けられるのだろう」という怒りに対しては、「頑張っているのに、嫌な仕事ばかり押し付けられたら、イライラするのが当然だよね」と自分に言ってみるのです。「あいつは、何も努力していないのに評価されている」という考えに対しては、「自分は一生懸命頑張っているのに、努力していない人が評価されると腹がたちますね」と言ってみましょう。

この考え方を説明すると、「自分の怒りを認めてしまうと、非道徳的な行動をとってしまわないか?」という質問をよく受けます。確かに、怒りをコントロールしようとせずに認めようとすると、怒りが正当化されてしまって何か暴力的な行動をとってしまうのではないか…という考えもあるかもしれません。しかし実際には、怒りを抑えよう、コントロールしようとした方が、ずっと怒りが増大して溜まってしまうものなのです。また、自分の怒りを承認していくことと、非道徳的な行動をとること、暴力的な行動をとることとは全く違うことなのです。

さらに、ここでは怒りを認めた上で、「怒り」と共にあること、怒りを受け入れることをしていきます。怒りを消そうという考えでしているありとあらゆる行動をやめていくのです。例えば、イライラと歩きまわることや、大音量で音楽を聞くこと、アルコールやタバコ、友人に愚痴をこぼすなどの色々なことです。これらは、一時期的な問題解決にしかなりません。これらを全てやめて怒りを消そうとするのをやめたとき、怒りは自然とおさまり始めるでしょう。

大切なのは正常な怒りと上手く付き合っていくこと

不要な怒りを助長させてしまうのは、実は「怒っている自分に対する怒り」という二次的感情です。この二次的感情に振り回されないようにするために、「自分の怒り」を承認していくことが大切です。正常なものである「怒り」と共にある覚悟を引き受けたとき、不要な怒りはすっとおさまっていくはずです。
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