『ブラック メリーポピンズ』
5月14~29日=世田谷パブリックシアター
『ブラック メリーポピンズ』囲み会見にて。(C)Marino Matsushima
【見どころ】
12年に韓国の若き才女ソ・ユンミさんが脚本・作曲・演出を手掛けて発表、新感覚の“心理スリラー”ミュージカルとして話題を集めた本作。14年の初演当時から再演を望む声が高かった鈴木裕美さん演出の日本版が、ヒロインのアンナ役に今回が初舞台となる中川翔子さんを迎え、上演されます。
アンナのきょうだいハンス、ヨナス、ヘルマンをそれぞれ演じる小西遼生さん、良知真次さん、上山竜治さん、そして家庭教師メリー役の一路真輝さんは初演からの続投。密室空間で現在と過去を巧みに行きつ戻りつし、抜群のチームワークを見せた彼らが今回、どう芝居を深めていらっしゃるか。初演で第22回読売演劇大賞最優秀スタッフ賞を受賞した二村周作さんの受賞対象作となった、創意に満ちた美術も見逃せません。
【囲み会見レポート】
『ブラック メリーポピンズ』(C)Marino Matsushima
ゲネプロ(最終舞台稽古)前の会見では、初舞台となった中川さんに話題が集中。「(初演で)評判の舞台の再演ということで、足をひっぱってはいけないと始めはがちがちになっていましたが、(共演の)皆さんは椅子をだしてくれたり、とても優しくしてくれました。中川翔子は捨ててアンナとして生きよう、と思って全身全霊で臨んでいます」と語る中川さんに対し、一路さんが「(アンナたちが)子供時代を演じる場面での中川さんが凄くかわいくて、こちらも(家庭教師としての)役の気持ちをもらえています」、良知さんも「初舞台とは思えないくらい、ミザンス(立ち位置)などを覚えるのが早いです」と温かくコメント。その直後、上山さんと小西さんが「走るのはめちゃめちゃ遅いけどね」「動きのわりに前に進んでないな~って(笑)」と指摘、爆笑の渦に。彼女を優しく包み込む空気感はそのまま劇世界からスライドしてきたようにも見え、カンパニーの結束が感じられた会見となりました。
【観劇ミニ・レポート】
『ブラック メリーポピンズ』(C)Marino Matsushima
弁護士ハンスが呼び集める、かつての養子きょうだいたち。彼らは12年前までシュワルツ家で一緒に暮らしていたが、火事で養父のシュワルツ博士が亡くなり、離れ離れになっていた。なぜか火事の記憶を失っていた彼らは、ハンスが入手した一冊の手帳をもとに過去に向き合い、驚愕の真実を知ることになる……。
『ブラック メリーポピンズ』(C)Marino Matsushima
劇場(世田谷パブリックシアター)の高さを生かし、カーテンを壁に見立てた“巨大な密室”空間。真実が少しずつあらわになるにつれ、壁は微風にゆらめいたり文様を映し出したり、紫がかった照明に染まるなど、こまやかに表情を変え、登場人物たちの心情にシンクロしてゆきます。中央に大きく一つ、その周囲に4つ小さくしつらえられた回り舞台も、重要なシーンできょうだいたちを乗せくるくると回り、彼らの感情の旅を強調。
『ブラック メリーポピンズ』(C)Marino Matsushima
どんなに過酷なものだとしても真実を知りたいと願うハンス、真実は決して自分たちを幸福にはしないという予感から、ハンスの追及をやめさせようとするヘルマン、そしてふとしたことで蘇った記憶に苦しめられるヨナス……。きょうだいたちのキャラクターは前回より鮮やかに差別化され、ハンス役の小西さんは責任感、ヘルマン役の上山さんは直情的な力強さ、そしてヨナス役の良知さんは病的なまでの繊細さを印象付けます。そこに今回初挑戦のアンナ役・中川さんが加わり、初舞台ということで歩き方などに初々しさはありつつも、トラウマと葛藤するヒロインの“核”をまっすぐに表現。そして最後に一路さんが、皆を愛情豊かに包み込むメリーとして、大きな存在感とともに登場するという図式です。
『ブラック メリーポピンズ』(C)Marino Matsushima
明らかになる真実は耐え難いものですが(客席にもその“痛み”を想像させる小野寺修二さんのステージングが効果的)、互いの絆を支えに、何とかそれを克服しようとする“こどもたち”。その懸命な姿にきっと誰もが感情移入せずにはいられない、力強い人間ドラマに仕上がっています。
5月14日~29日=よみうり大手町ホール、6月2日=青少年文化センター アートピアホール、6月3~4日=サンケイホールブリーゼ
『THE CIRCUS!』記者会見より。左からTETSUHARUさん、矢田悠祐さん、平方元基さん、松村雄基さん、植原卓也さん
【見どころ】
“アメコミの世界から飛び出したような世界観の、エンターテインメントミュージカル”を標榜し、TETSUHARUさんが構成・演出・振付を手掛けた作品が開幕。荒くれものたちのサーカス団が、ひょんなことから政府のスペシャル・エージェントとして世直ししてゆくシリーズの、今回はエピソード0となります。
屋良朝幸さん、平方元基さん、植原卓也さんといったダンス力や歌唱力に定評のある強力キャストに、“市長役”で松村雄基さんが参戦。『イン・ザ・ハイツ』でダンスとドラマを絶妙のバランスでブレンドしたTETSUHARUさん演出・振り付けのもと、それぞれの魅力が最大限に引き出されたエンターテイメントに仕上がること必定です。
【観劇ミニ・レポート】
『THE CIRCUS』
胸のすくようなアクションシーンを導入として、物語は熱血漢の刑事ケント(屋良朝幸さん)が市長(松村雄基さん)に見染められ、護衛に就任。そのスピーチ途中で見かけたマフィアの部下スワン(植原卓也さん)を追うものの負傷し、記憶喪失の状態でとあるサーカス団に転がりこむ様子を、息つく間もなく描いてゆきます。個性的だが気のいいメンバーたちに迎えられ、サーカス団の一員となるケントですが、そこに追手が。ジャーナリストのフランク(平方元基さん)に助けられるも、この人物にも何か思惑があるようで……。
『THE CIRCUS』
出演者一人一人のキャラクターを生かし、わかりやすさと意外性をほどよくブレンドさせた台本をもとに、TETSUHARUさんはスムーズな芝居はもちろん、時に一つの状景の中に複数の見どころを並行させるなど、時間的にも空間的にも退屈な“間”を生じさせない演出で観客を魅了。この密度とテンポの速さは、演じる側にとってはかなりの負担と思われますが、そんなことを微塵も感じさせない屋良さんほかキャストの体力と一体感が、まず素晴らしい。終盤の屋良さんと某人物(ネタバレになるためお名前は伏せますが)のアクション・シーンはハリウッド映画も真っ青の完成度で、少なくとも筆者がこれまで舞台で観た中では最高のアクションです。
『THE CIRCUS』
今回は“エピソード0”ということで、一つの事件は解決したものの、“この後の展開に乞うご期待!”的な結びとなっています。あのキャラクター、このキャラクターはこの後どうなるのか……と想像出来、その“答え”がゆくゆく“エピソード1”で示されるであろう点が、今作のお楽しみ。ブレのない“頼れる”存在感と明るさとで物語をひっぱる屋良さんはもちろん、全員……とりわけ男らしい松村さんと石井一彰さん(サーカス団のリーダー役)、そして最後に“正体”が現れ、清々しい姿を見せる平方さんが魅力的に映る、みごとなエンターテインメント・ミュージカルです。
*次頁で『A Midsummer Night's Dream 夏の夜の夢』をご紹介します!*