モロッコが誇るオアシス都市、世界遺産「マラケシュ旧市街」

ジャマ・エル・フナ広場の夕景

ジャマ・エル・フナ広場の夕景。昼間はなんの変哲もない広場だが、夕方以降、露店と人が押し寄せて大いに盛り上がる

延々と続く灰色の荒野と褐色の砂漠。そんな不毛の地に花開いたオアシス都市がマラケシュだ。砂漠を渡る遊牧民族ベルベル人はサハラ交易の拠点となるこの街を愛し、水や植物・イスラム装飾、歌や踊りや大道芸で生命の喜びを表現した。

今回はモロッコが誇る世界遺産「マラケシュ旧市街」を紹介する。

砂漠と荒野の果てに

ジャマ・エル・フナ広場のドライフルーツ店

ジャマ・エル・フナ広場のドライフルーツ店。乾燥させたデーツ(ナツメヤシの果実)を中心に、色とりどりのドライフルーツを扱っている。長期の保存も可能で、長旅のお供に最適だ

モロッコの南に広がる世界最大の砂漠、サハラ。サハラ砂漠からアトラス山脈を越えてマラケシュに入ると、この街が「オアシス都市」と呼ばれている理由がよくわかる。

メルズーカのデューン

モロッコの人気観光地のひとつ、メルズーカのデューン (C) bachmont

「砂漠」といわれて多くの日本人が想像するのは砂の山=デューン(砂丘)だが、世界の砂漠のほとんどは岩盤が剥き出しになった岩石砂漠や小石が集まった礫(れき)砂漠で、デューンのある砂砂漠は20%程度といわれている。モロッコで典型的な砂砂漠を見ることができるのがマラケシュの東400kmほどに位置するメルズーカで、起伏差100~200mに達する大砂丘群を楽しむことができる。 

メルズーカからマラケシュに向かう車窓に見えてくるのはどこまでも続く礫砂漠。所々にポツリポツリと生える小さな植物以外は緑さえほとんど目にすることはない。

 

アイット・ベン・ハドゥ

クサルと呼ばれる要塞都市のひとつ、アイット・ベン・ハドゥ

アトラス山脈に入っても木々はほとんど見られない。山=森というイメージを持つ日本人にはかなり奇妙な光景だ。ただ、谷には時折ワジと呼ばれる涸れ川があって、その周辺に林と村がすがるように張り付いている。かつて遊牧民族ベルベル人はこうした村々をつないでサハラ砂漠を縦断するサハラ交易を行っていた。そんな村の一例が世界遺産「アイット・ベン・ハドゥの集落」だ。 

アトラス山脈を越えても景色はほとんど変わらず、ポツリポツリと林や集落・畑が見えるだけ。そんな荒野の中に突如として現れる都市がマラケシュだ。マラケシュは疲れ果てた旅人を水と緑あふれる庭園や音楽と色彩あふれるジャマ・エル・フナ広場で迎え入れる。 

 

マラケシュはベルベル語で「神の国」の意味。旅人にとってマラケシュはまさに救いの神だったに違いない。

生命の喜びあふれるマラケシュ旧市街

ベン・ユーセフ・マドサラのきわめて精緻なスタッコ細工

ベン・ユーセフ・マドサラのきわめて精緻なスタッコ細工。イスラム教では人や動物の像を描くことが禁じられているためアラベスクが発達した

「メディナ」と呼ばれるマラケシュの旧市街は街そのものが楽園のようだ。

城壁で囲まれたメディナは、北のマジョレル庭園、西のメナラ庭園、南のアグダル庭園、クトゥビア・モスク付近のララ・ハナ公園等々、多くの庭園・公園に囲まれている。こうした緑の園は人工池や水路・噴水を備えており、バラやヤシなどの植物で彩られている。

ベン・ユーセフ・マドサラ

ベン・ユーセフ・マドサラの中庭。マドラサには約130の部屋があり、最盛期には900人の学生を収容したという

ベン・ユーセフ・マドサラやサアド朝墳墓群といった歴史ある建物は、アラベスク(植物や幾何学紋様)やカリグラフィー(文字装飾)・象嵌細工・装飾タイルといった壮麗な装飾に覆われている。植物の自然美も美しいが、こうした人工美もまったく引けを取っていない。

そして縦横無尽に広がるスーク(市場)には絨毯や金銀細工・陶磁器から食材・土産物まであらゆる商品が所狭しと並べられている。店も商品も迷路のように雑然としているが、色彩あふれる姿はまるで万華鏡のよう。

 

こうして古代からマラケシュは死の砂漠を渡る商人たちを癒し、励ましてきた。そして荒野を克服して生きる人間の英知と喜びを街に込めたのである。

マラケシュのメディナ(Googleマップの航空写真)