フィンランド旅行前に見たい映画

近年の日本からのフィンランド旅行者数が急増する背景には、2006年に公開された『かもめ食堂』をはじめ、フィンランドを舞台にしたさまざまな映画の影響力がとても強いと言われています。都内では、2009年よりフィンランド映画祭が継続的に開催され、毎年何本ものフィンランド映画が邦訳されているほど。今回はその中から、フィンランド旅行前に見ておけば旅行がさらに楽しめる、オススメの5選を紹介します!


『かもめ食堂』

旅行前に絶対見ておくべき、フィンランドブームの火付け役!
ヌークシオ国立公園

大ヒット映画『かもめ食堂』のポスター撮影が行なわれたヌークシオ国立公園

昨今、フィンランド旅行者が急増する驚きの現象の立役者と言っても過言ではないのが、2006年3月に公開され、ロングヒットを記録した『かもめ食堂』という映画です。

かもめ

作品名にもなったように、海沿いに位置するヘルシンキは、実際どこを歩いていてもかもめだらけ!

監督は『めがね』や『トイレット』なども手がけた荻上直子さん。本作品で描かれているのは、ただひたすら、フィンランドの首都ヘルシンキで日本食レストランを営む女性たちと、お客さんとしてやって来るフィンランド人たちとの何気ない交流や、ヘルシンキの街に流れる穏やかな空気感、そして美味しそうなごはん! まだ見ていない友人にあらすじを聞かれても答えるのが難しい、ストーリーに当てはまるジャンルがあるようでない独特な映画です。けれど作品内の主人公も、そして鑑賞者も、フィンランドの人や街が醸し出すマイペースな雰囲気を通じて、日本の暮らしでは気づけていなかった新鮮な価値観で、徐々に心を充填していける……そんな不思議な魅力を持っている作品なのです。

カフェ

映画内で、お店の休業日に主人公たちがのんびりくつろぐ海沿いのカフェ

『かもめ食堂』は、何と言ってもフィンランド旅行に来る前に観ていただきたい作品の堂々1位でしょう! というのも、単にフィンランドが舞台だからというだけでなく、ヘルシンキ観光に、あるいはフィンランド旅行全体に活かせるポイントが作品内にたくさん詰まっているからです。映画では、観光客をわくわくさせるような名所らしい名所はあまり出てきませんし、非常に淡々と、これといった大事件も起きずに話が進んでいきます。その代わり、主人公たちは何気ない街並みの中や、カフェやマーケットなど、そこに暮らす人たちの生活感が感じられる場所をたくさん歩き、そこで起こる些細なできごとを面白がり、出会った人とほのぼのとした一期一会の交流を精一杯楽しみます。見ている人も、だんだん登場人物たちと一緒にヘルシンキの街を歩き、暮らしているような気分になってくるはずです。

アカデミア

サチエさんが腰を下ろしたカフェでたまたま読書中のミドリさんと出会う……あの序盤のクスっとくる出会いのシーンの舞台はアカデミア書店内のカフェ

実際、フィンランドやヘルシンキで待っているのは、そういう旅です。ガイドブックに書かれた観光名所をせっせとオリエンテーリングするだけなら1,2日もあれば簡単に達成できてしまいますが、それだけではフィンランドの本当の魅力はなかなか実感できません。自由な時間をあえて無計画に気の向くままに使うのも、フィンランド人にとってはとびきり贅沢な過ごし方です。だから滞在中は計画をあまり詰め込まずに、現地に暮らす人と同じ手段やペースで街を移動して、彼らが日用品を買う場所や一服するカフェを一緒に利用しながら、ぜひ何気ない人間観察をしてみてください。「ああ、こんな時間の使い方もあるのか」「そんなに神経質にならなくたってちゃんと店も街も機能するのか」「偶然の出会いや見知らぬ人との交流はこんなにも楽しいものなのか」……などなど、きっと新しい発見があり、それがまさに『かもめ食堂』の主人公たちのように、思いがけずこれからの生きるヒントにもなるかもしれませんよ。

看板

かもめ食堂のロケが行われた食堂の窓ガラスには、現在も当時の「かもめ食堂」のロゴが残されている

そしてもちろん、映画ファンなら『かもめ食堂』ロケ地めぐりや、映画に出てきたグルメはマストですね! 過去記事「『かもめ食堂』ロケ地めぐりの楽しみ方」では、ヘルシンキ市内に点在する映画のロケ地を紹介するとともに、より具体的に現地で映画の空気感を味わう方法を提案しています。ぜひ旅行前にご参照ください。

なお、ロケ地めぐりのハイライトと言える、食堂のロケが行われたカフェは、2016年4月のオーナー交代にともない、インテリアからお料理までを一新し、店名をラヴィントラかもめに改称。有機素材と新鮮素材にこだわった最高の自然食材で、とことん手作りを追求してつくられたお料理を提供するレストランとして新たなスタートを切りました。

 


敗者3部作『浮き雲』『過去のない男』『街のあかり』

ステレオタイプなフィンランド人像を世界に広めた、踏んだり蹴ったりなのに心温まるカウリスマキ作品の魅力
カフェモスクワ

いかにもカウリスマキ映画の主人公たちが酒を煽っていそうなこのバーは、実際にアキ&ミカ・カウリスマキ兄弟がプロデュースしたバーで、ヘルシンキで今日も営業中

『かもめ食堂』ブームの前からフィンランドやフィンランド映画に注目していたという人にとっては、おそらくアキ・カウリスマキ監督の映画作品こそが、ヘルシンキの街や人々のイメージを創り出しているのではないでしょうか。アキ・カウリスマキ(Aki Kaurismäki / 1957-)は、1980年代から現在に至るまで意欲的に作品を作り続けている国際的な映画監督です。日本では1986年に『パラダイスの夕暮れ』という作品が東京国際映画祭で発表されて以来、多くの作品が次々に邦訳されました。ちなみにお兄さんのミカ・カウリスマキ氏も、弟と並んで知名度を誇る映画監督で、かつて兄弟で製作・配給会社を設立しています。

マッティ

カウリスマキ映画の常連俳優であり、90年代に若くしてなくなったマッティ・ペッロンパーの肖像

カウリスマキ作品の多くはヘルシンキやフィンランド国内が舞台となっており、登場する役者もフィンランドの大御所俳優ばかり。監督お気に入りの俳優が別作品でも繰り返し起用されているのですが、どの人も典型的なフィンランド人顔で、いつもどこかむっつり無表情で、口数も少なく、薄幸そうで……。そんなおなじみの俳優たちの個性や演技が、カウリスマキ作品のイメージを、ひいては(実際当てはまるかはさておき)ステレオタイプなフィンランド人像を作り上げて、世界中に広めたとも言えるのです。実は、映画『かもめ食堂』でサチエさんにコーヒーの淹れ方をレクチャーする現地人男性を演じていたマルック・ペルトラ氏も、カウリスマキ映画の看板俳優の1人だったのですよ! 残念ながら、映画公開の翌年に惜しまれながら他界してしまったのですが。

港

ヘルシンキの海沿いに今なお残るノスタルジックな光景に、ふとカウリスマキ映画を思い出す人もいるのでは

もし、フィンランド旅行前というタイミングでカウリスマキ作品を鑑賞するのであれば、やはりヘルシンキが舞台になった作品がおすすめです。なかでも、敗者3部作という衝撃的な俗称で括られる『浮き雲』、『過去のない男』、『街のあかり』の3作品は、いずれも一昔前のヘルシンキに生きる労働者や失業者が、他者や運命によって人生を徹底的に踏みにじられる、まさにカウリスマキ世界の真髄とも言える代表作。これまで彼の作品を鑑賞したことがない人にしたら、いったいどんなに酷い作品なのか……と恐れおののいてしまうかもしれませんね。けれど、不幸に続く不幸に耐えながら淡々と今日を生き、なんてことない些細な出来事にふっと小さな幸せや希望をかみ締める。そんなふうに社会の底辺で我慢強く生きる人々の人生観が繊細に描かれていて、見終わって陰鬱な気分が残るだけの作品、というわけでは決してありません。

ドブロブニク

アンドラの地下にあるラウンジ「ドブロブニク」のネオンは、何を隠そう『浮き雲』に出てくるレストランの看板そのもの!

これらの作品では、何十年か前のヘルシンキの街の様子が再現されているので、現在のヘルシンキの街並みから、カウリスマキ世界特有の哀愁に浸るのは少し難しいかもしれません。けれど映画をしっかり観込んでいる人は、ヘルシンキ市内の何気ない街角や海沿い景色を見て、「ここはあのシーンのロケ地だ!」とにんまりできるはず。また、過去記事『カウリスマキ映画の趣き満点ナイトスポット、アンドラ』で紹介した、カウリスマキ兄弟が1990年代にプロデュースしたカルチャー&エンターテイメント複合施設「アンドラ」は、まさに映画の世界に迷い込んでしまったかのような、レトロで土着的な雰囲気満点! 作品を見てノスタルジックなムードに魅了された人にはぜひ立ち寄ってほしい、ヘルシンキの隠れた名所です。


『ヤコブへの手紙』

ロケ地の教会がある丘は、映画の世界を裏切らない風光明媚さ。自然と人の心が持つ美しさにあふれた作品
教会

『ヤコブへの手紙』で主人公たちの心情の移ろいを見守り続けていた教会は、まさに天国のように美しい湖畔にたたずむ

レイラとヤコブ

フィンランドのありふれた、けれどどこを切り取っても美しい自然のなかで話が静かに進んでいく(写真: Kinotar Oy)

2011年に日本でも公開された、フィンランド人の映画監督クラウス・ハロ氏の代表作『ヤコブへの手紙』は、カウリスマキ映画同様、映像はどこかほの暗く、物語の設定もちょっぴり不穏で悲観的。かつて終身刑を言い渡された女性レイラが、長い服役生活の途中になぜか突然恩赦を与えられ、片田舎の教会を守る年老いた盲目のヤコブ牧師のもとで働くことになります。彼女の役目は、目の見えないヤコブに代わって、連日彼の元に届く悩みを抱えた人々からの手紙を読み上げ、それらに対するヤコブの返事を書き起こして投函すること。はじめは不信感がぬぐえず、仕事の手を抜いたり悪事を働いてしまうレイラですが、徐々にヤコブの純真な心や孤独感に気づき、態度を改めていくなかで、感動的なラストシーンへとゆっくり物語が展開してゆきます。誰が見てもわかりやすく、見終わった後にじーんと心を清めてもらえる感動作です。

丘

教会の丘は、天気が良ければ一日中でもピクニックしていたくなる心地よさ

フィンランド旅行という観点から注目してもらいたいのは、なんと言ってもフィンランドの片田舎の自然風景や、昔ながらの教会の美しさです。作品の舞台となる教会は、実は外観と内観それぞれ、フィンランド国内に実在する別の教会で撮影されています。のどかで風光明媚な丘の上にぽつんと立つ、大きな切妻屋根の印象的な外観は、フィンランド中南部のサスタマラという街のシンボルである、トゥルヴァーン・聖オアフ教会(Tyrvään Pyhän Olavin kirkko)で撮影されました。

散策道

映画に出てくる郵便屋さんが自転車で走ってきそうな、教会へと続く散策道

ここは、ヘルシンキから日帰りで立ち寄るのも十分可能な場所で、映画に感銘を受けた人にはぜひとも訪れてほしい場所のひとつ。最寄りの列車駅からこの教会がそびえ立つ湖畔の丘までは、徒歩だと約3.5キロのちょっとしたハイキングになってしまいます。けれど途中、まさに映画の世界を髣髴とさせる美しい自然のなかの散策道やひなびた畑のわき道を通り、やがて菜の花畑の先に見覚えのある教会のシルエットが姿を現し思わず息を呑む……というとてもドラマチックな道のりを楽しめるので、とりわけ良い気候の季節は、駅からのハイキングがおすすめです。

教会のある丘は、暖かい季節は羊たちがそばで草を食み、湖が青く輝き、まさに天国のような清らかさで、いつまでものんびりくつろげます。夏場には近くの小屋でカフェもオープン。教会内部は、過去に火災があったため2003年に現代的に改修されました。なので映画に出てくる雰囲気とは違いますが、木造教会の伝統とモダンな感性が調和したユニークな雰囲気を醸し出しています。

ロケ地

映画に感動したら、ぜひ現地でロケ地めぐりを!(写真: Kinotar Oy)

<DATA>
Tyrvään Pyhän Olavin kirkko(トゥルヴァーン・ピュハン・オラヴィン・キルッコ/トゥルヴァーン・聖オアフ教会)
住所:Kallialan kirkkotie 50, 38210 Sastamala
TEL:+358 3 521 9090
アクセス:タンペレ駅からポリ行きの列車に乗りヴァンマラ(Vammala)駅下車後、徒歩約50分(タクシーで約10分)ヘルシンキ中央駅からヴァンマラ駅までは乗り継ぎによるが約2時間30分
開館時間:年や季節によるので、ウェブサイトでチェックを


『365日のシンプルライフ』

シンプルを良しとするフィンランド人たちも仰天の実験記録!
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自分の部屋にあったモノをすべて物置に押し込め、毎日1つずつ必要なものだけを部屋に持ち帰る、というルールで1年間やり過ごす決意をしたペトリの日常の行く末は……?

2013年のフィンランドでの公開後に、日本でも公開されて話題を呼んだ異色のドキュメント映画『365日のシンプルライフ』。ペトリ・ルーッカイネン監督自身が主役を務めた作品で、欲しい物を手に入れて好きな物に囲まれて暮らしていても、いまいち幸せを実感できない日常のモヤモヤを打開するために、驚愕のルールを自分に課すことからすべてが始まります。そのルールというのが、自宅にあるものを一度すべて貸し倉庫に押し込めてしまい、365日間、毎日必要な物を1つだけ自宅に持ち帰る、というもの。さらにその間は、食べ物以外の一切の買い物も自粛します。さあ、一体部屋にはどんなものが取り戻されてゆき、彼はその生活から何を悟ることになるのでしょう。

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フィンランドなら、冬場は二重窓の隙間を利用すれば冷蔵庫要らず!? (c)Unikino 2013

この実験のユニークさは、要らないものを潔く捨てていく流行りの断捨離ではなく、まずゼロにリセットしてから本当に必要だと思うものをどんどん取り戻していく、という発想の転換にあるのではないでしょうか。主人公はこのルールに従う生活の中で、幸せな人生に本当に必要なものは何なのか、それはお金で買える物の中に見つかるのかを、身を持って知ることになります。もちろん、いくらシンプルライフを美徳とするフィンランドの人たちの中でも、こんな究極的な実験に乗り出すのは彼くらいですよ! ただ、フィンランド人たちの生活空間やライフスタイルが自分たちに比べて「シンプル」に見えるのは、彼らが日ごろせっせとこまめに物を捨てているのではなく、そもそも本当に必要な物しか買わない、という感覚が身についているからかもしれませんね。旅行中に居心地の良いカフェを見つけたり、誰かのお宅に招かれるときは、そんなことを意識し観察してみると面白いかもしれませんよ。

■『365日のシンプルライフ』日本語版公式サイト


『ファブリックの女王』

マリメッコを創始したフィンランドのスーパーウーマン
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ファブリックデザイン先進国のフィンランドで、女王の名がふさわしい人物といえば、もはや彼女しかいない!

デザイン大国フィンランドで生まれた数あるブランドの中でも、やはり日本人の間で断然人気が高いのがマリメッコ(Marimekko)。マリメッコは戦後間もない1951年創業のテキスタイルブランドで、なんと創業者は、当時まだまだ社会進出の難しかったはずの1人の女性でした。彼女の名前は、アルミ・ラティア(Armi Ratia/1912-79)。「Mariちゃんのドレス」という意味のブランド名も、実はアルミの名前のアルファベットをもじって生まれたとも言われています。

アルミ

マリメッコ社も初めから順風満帆だったわけではもちろんなく、アルミも働く女性ゆえの苦悩や葛藤を抱えて生きていた (c)Bufo Ltd 2015

マリメッコの歴史を支えてきた人々のなかでも、これまで公にスポットがあたってきたのは、名作ウニッコ柄の作者でもあるマイヤ・イソラをはじめとする、実務デザイナーたちばかりでした。けれど近年、本国フィンランドでも、自国を代表する一大ブランドの創始者アルミの手腕や功績、人となりにもにわかに注目が集まるように。さらに当初は経営だけでなくデザイナーとしても活動していた彼女の作品が、長い時を経て復刻されたりもしました。そしてついに、アルミの波乱万丈な生き様や、彼女の率いるマリメッコ社が軌道に乗るまでの奮闘ぶりを描いた映画が、2015年にフィンランドにて公開されたのです。監督は、過去にマリメッコ社の役員を務めていた、アルミをよく知るヨールン・ドンネル氏。国内で大きく話題になった本作品は、2016年5月より『ファブリックの女王』というインパクトのある邦題で、全国的に上映される予定です。

フィンランド旅行で、マリメッコの専門店やアウトレットでのショッピングを何より楽しみにしている人も多いでしょう。魅力的なデザインに込められたコンセプトや作り手の情熱を知るためにも、旅行前には本映画の鑑賞を強くおすすめします! なお、マリメッコ社創業の経緯や、ヘルシンキにあるアウトレット店の情報は、過去記事「色鮮やかなテキスタイル、マリメッコのアウトレット店」を参照ください。

■『ファブリックの女王』日本語版公式サイト


 

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