象形文字トンパに封じられた永遠の恋

麗江旧市街には、このような商店街はもちろん、市場や旅館から銀行、町工場、住宅まで、様々な家々が連なっている

麗江旧市街には、このような商店街はもちろん、市場や旅館から銀行、町工場、住宅まで、様々な家々が連なっている

伝統の民族衣装に身を包んだナシ族のおばあさん ©牧哲雄

伝統の民族衣装に身を包んだナシ族のおばあさん

昔からナシ族の人々は、子供を産み育てる女性をたたえ、敬って暮らしてきた。母系社会のもと自由恋愛が広く認められ、恋人たちが手に手をとって歩く姿が街中で見られたという。

しかし、中国が漢化政策を強化すると自分たちの言葉を禁じられ、生活習慣の漢民族化を強要される。やがて自由恋愛が否定されると、ナシ族の恋人たちは永遠にふたり寄り添って暮らすために、玉龍雪山の麓でそろって命を絶ち、天国でも地獄でもない「第三国」での暮らしに旅立ったという。

やがて恋人たちは精霊となり、残された人々によって語り継がれるが、これらの伝承さえも禁じられてしまう。恋の物語はほとんど読める者もいなくなってしまったトンパと呼ばれる象形文字の中に封印され、伝説となって残された。

 

麗江を築いたナシ族800年の平和

青い民族衣装がナシ族の特徴。ただ、若者は観光目的以外ではあまり民族衣装を着ていない ©牧哲雄

青い民族衣装がナシ族の特徴。ただ、若者は観光目的以外ではあまり民族衣装を着ていない ©牧哲雄

麗江という名前ができたのは13世紀、明がこの地を支配していた大理を征服してから。明は麗江を直接治めることはせず、ナシ族のリーダーである木氏に宣慰司という官職を与えて代わりに治めさせた。

水の都の美しい風景 ©牧哲雄

水の都の美しい風景 ©牧哲雄

城壁がないのは、木氏が治める場所を囲ったら「困」になってしまうからと伝えられているが、定かではない。もともとナシ族は争いを嫌い、近隣に住むチベット族、白族らの文化を取り入れながら、ともに暮らしていたという。漢民族がきてからも変わらず、中央政府と上手に距離をとりながら自治を勝ちとり、大きな戦火にさらされることはほとんどなかった。

人々を支えたのがトンパ教。大自然に神を見た土着の民族信仰にチベット仏教など他民族の信仰が合わさって生まれた宗教だ。トンパ教の教義はトンパ教典に記されたが、教義を書き留めておくために使われた文字が象形文字トンパだ。トンパと呼ばれる僧はトンパ教典によって学び、祭礼や悪魔祓いをするシャーマンのような役割を果たしていたという。

トンパは実際に使用されている世界唯一の象形文字だが、使えるのはトンパ教の司祭くらいになってしまった。2003年、トンパ文字でつづられたトンバ教典はユネスコの世界の記憶=世界記録遺産に登録された。